路地裏問答【2021年10月】

路地裏問答【2021年10月】

路地裏問答

9月末日を以て、我が国政府はコロナ緊急事態宣言を緩和する一方、岸田内閣の発足が確定した。「所得倍増計画」を掲げる岸田総理だが、このままコロナ収束、経済活動再開、所得倍増へと展開していけば良いが、果たしてどうか。

コロナの新規感染者も死亡者も、日々減少していることが報道されている。ワクチン接種の拡大普及もさることながら、緊急事態宣言に従い、所得を犠牲に困窮に耐えながら感染抑制に努めた国民の努力の成果というべきだろう。

とはいえ、コロナそれ自体の変異・進化が止まったわけでなく、二次接種後の感染事例も報告されているのであるから、パンデミックが収束したわけではない。このため、国民の気が緩んで、冬期間に第6波が来るとの警告もある。

したがって、緊急事態を脱したとはいえ、パンデミック前の経済活動が完全に再開されることは期待できまい。ワクチン確保、医療体制拡充に手一杯だった政府は、新内閣の発足後も休む暇なく、次に求められるのは景気対策と困窮者対策である。

岸田新首相は、安倍内閣のアベノミクスは新自由主義であり、持てる者と持たざる者の格差と分断を生み出したと批判し、大規模な金融緩和など基本路線は踏襲しつつ「分配なくして成長なし」と、格差是正に取り組む意向だ。

このため、アベノミクスについて「金持ち優遇」との国民の批判に呼応し、金融所得課税の強化も打ち出す一方、30兆円規模の景気対策のほか、子育て世帯への住居費、教育費支援や介護士・保育士らの待遇改善、賃上げを実施する企業への税制優遇などを宣言している。

所得再分配が政治・行政の役割である基本から見て、この認識・見解は間違ってはいない。ただし、これを実効ある政策とするには、まずは官僚の意識改革が必要だ。

生活保護や生活支援給付金を申請する困窮者を、「沖合作戦」、「水際作戦」で追い返すことが正義と勘違いする本末転倒の使命感。

所得激減で公費負担が困難となった滞納者が、再び納税者として再起できるよう支援するのではなく、むしろ処罰感覚でさらに追い詰めて破滅させることしか念頭にない滞納整理。

もっと酷いのは、利潤を得てこそ存続できる企業の、収益活動そのものを全否定しながらも、納税だけは期待する世間知らずの社会主義体質丸出しの事例も目にする。

この国の主権者は、いったい誰なのか。公僕とはなんだろうか。改めて国家の基本を問い直さざるを得ない。コロナ渦は政府が国民にどう向き合っているか、行政は国民というものをどう見ているのか、ポーカーフェイスの裏に隠されたその目線が露見する機縁ともなったといえよう。

アベノミクスが格差だけを生み出して失敗したのは、再分配資金が、執行後の無責任な自由放任主義によって、経団連企業だけに集中・退蔵したからである。逆に、同じ景気対策でも、バブル期では女子大生までが海外旅行を謳歌できた。その違いは、バブル期では官僚組織を挙げて、資金循環を促す市場介入が行われ、資金の退蔵・目詰まりを防いだからである。

小泉政権で、経済財政政策担当大臣として竹中平蔵が主導した「創られた貧困」の悪政。旧民主政権による財源の担保なき持続性のないバラマキ政策。そして、安倍政権のアベノミクスで、500兆円にのぼる日本企業の内部留保総額を生み出しながらも、これに寄生する外資を喜ばせただけで、国内では勤勉な日本国民のワーキングプアが増大。

悪政と愚策と搾取に、これほどまでに理不尽に振り回されながら、なおも暴動を起こさない忍耐強い日本国民といえども、さすがに疲れ果てている。岸田内閣の「所得倍増計画」は、そんな国民に希望を持たせられる救国の策となるのか。それとも、またしても自国民を苦しめ、絶望させるだけの亡国の苛政となるのか。それは、執行する側の姿勢次第である。

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