建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年1月号〉

interview

レトロ調で駅らしさを表現

伝統的外観に近代的システムを

北海道旅客鉄道株式会社 常務取締役・工学博士 臼井 幸彦 氏

臼井幸彦 うすい・ゆきひこ
出身地 福岡県
昭和 45年 3月 京都大学大学院工学研究科修士課程修了
昭和 45年 4月 日本国有鉄道入社
昭和 62年 4月 北海道旅客鉄道株式会社入社
平成 8年 6月  同 取締役
平成 12年 6月  同 常務取締役
工学博士
主な著書  『駅と街の造形』 (1998 交通新聞社刊)
札幌駅の開発が進んでおり、新しい顔が形成されつつある。この歴史的な大事業の総指揮にあたるJR北海道の臼井幸彦常務は、先に発表した駅開発と都市づくりに関する論文が評価され、京都大学から博士号が認定された。駅づくりの中心人物である臼井博士に、論文の主旨と事業内容などを伺った。
──駅開発に関する論文で、博士号が認定されましたが、この中では駅の「複合比」と「複合化」が中心概念として紹介されていますね
臼井
論文のテーマは、「鉄道の駅の複合化に関する都市論的研究」というタイトルで、この10年以来、鉄道駅は色々な機能を持つようになって来た、その歴史的な変遷を踏まえて検証したものです。
例えば、駅には、鉄道創業当時から売店のようなものはありましたが、それはあくまでも旅客サービスの一環で、あくまでも交通拠点として、最低限度のサービスを提供するための施設でした。
ところが、今日では百貨店が同居したり、専門店街が形成されたりと、交通の拠点としての駅の機能を超え始めました。鉄道の利用客だけを対象としたものではなく、広く地域の人たちを対象とし始めたわけです。
 このように、駅本来の機能と、大規模で多様な機能が駅に付設されることを、複合化と定義しています。複合化は多機能化とも言えます。
──複合比は、どのように表現されるものでしょうか
臼井
駅は交通機能だけでも都市の一つの構成要素たりえますが、複合化していくと、さらににぎわい性、猥雑性、楽しさ、安全性、公共性といった諸々の要素を、含むようになっていきます。それを指して私は、駅の都市性と定義しています。それをどのように評価していくかという評価の尺度として複合比を提案しているのです。
鉄道事業者としては、お客さんがたくさん乗り降りすることから、周辺には商業を配置するのが、最も収益性が高いのです。逆にホテルやオフィスでは収益性が落ちます。例えば一つのビルを建てるにしても、商業ビルと、ホテルやオフィスビルとでは、不動産価値が違ってきます。また、商業ビルでも、上層階はなかなか客が入らず、1階に客が集まりやすいため、同一ビル内でも階層によって不動産価値が違っています。
事業者としては、不動産価値を高めたいのが本音ですから、商業を誘致するのが最も理想的です。しかし、果たして商業ばかりでいいのかは疑問です。確かに商業機能があると便利で、にぎわいも生まれますが、それだけに偏ると商業主義が過度に表面化してしまいます。そのため、きらびやかな看板だけが目立ってしまい、その施設が駅なのかデパートなのか判然としないものになります。少なくとも、駅は駅らしさを持つべきだと、私は考えます。
そのためには商業だけではなく、ホテル、オフィス、さらには最も不動産価値が低いとされる美術館やコンサートホールも必要だと考えています。逆説的ではありますが、例えば商業を100とすると、それ以外の文化機能も含まれることによって、不動産価値も下げることがむしろ大事だと思っています。
その割合を複合比と表現したのです。ポイントは不動産価値ですね。経済学では効用比という概念がありますが、それとの混同を避けるべく、複合比として提案し、一定の理想的な割合を算出しようとしているわけです。
──駅の複合比が相対的に下がることによって、都市性が高まるのですね
臼井
一方では、都市性の構成要素として公共性があります。それをどう確保するかも課題で、店舗の宣伝看板によって、駅内の動線がいびつになったり、サインが混乱して読みづらかったり、表示が多すぎて分かりづらいという状況は避けたいものです。
そのためには、駅としての公共性、客の動線や誘導標識・案内標識を明確にしておくことが基本です。
──現在、進められている札幌駅南口開発は、どんなものを想定していますか
臼井
駅開発は、旧国鉄時代とJRになってからでは全く違います。国鉄時代は、こうした開発事業に対して、かなりの制約がありました。しかし昭和46年の法改正により、開発事業に対して大規模に出資できるようになり、後にJRとして民営化されたお陰で制約がなくなったことから、JR各社とも積極的に展開していますね。
国鉄時代は公共企業体という立場上、ホテルの同居が多かったのですが、JRになってからは、収益性の向上を優先し始めました。民間企業ですから、株主に配当をどう還元していくかが経営課題になります。そのため、否応なく収益を高める必要に迫られます。
しかし、札幌駅としては、文化施設としてシネコンを配置しようと考えています。極力商業だけに頼らない、交流拠点となることを目指しています。
──駅周辺からやや離れたところに中心街が形成されている都市では、両地域間の連続性が途切れて、個別の街になっているケースを見かけます
臼井
鉄道の登場は19世紀後半の明治初期ですから、すでに江戸時代に形成された都市があり、そこに鉄道が入るので、大半は都市の中心部と鉄道の駅が離れているのが一般的です。従来の中心街と駅周辺との連携が取れていないところは、人口が10万人から15万人規模で、駅前商店街が空洞化しているところに見られます。理由は、大きな駐車場もなく、駅前通りにあったスーパーなどが郊外に移転して空洞化が進む傾向があるためです。札幌は開拓史が明治以降開発したので、形態が違いますが。
そのため、まちづくりは、駅と都心部をどう結びつけていくかが共通のテーマでした。駅周辺は一定の商業施設が必然的に立地しますが、既存の中心市街地とこれをどう一体化させるかで、どこの都市も苦労しています。そのために街路計画を作成し、苦労しながら整備しています。
ただ、県庁所在都市では、成熟度にもよりますが、ほとんどが中心部と駅は駅前通りによって繋がれ一体化しています。
現状では、駅前と中心市街地が融合している町と、今なお二極化している町と二通りあります。
札幌は新しい町で、既に街路ができていたので、中心部と駅前の連結は容易だったのだと思います。今は、商業機能の点を見れば、札幌駅周辺の方が遅れてはいますが、二極化の形態はできています。しかし、この事業が完成すると、商業機能の集積度は逆転すると思います。
一方、駅の北側が残っていますが、高架化に伴う効果が顕れれば、街としての広がりが生じ始め、最終的には駅前と中心市街地が一体化して融合していくという町の成長過程をたどると思います。
──札幌駅開発のモデルはありますか
臼井
私が外観においてモデルにしたのは、ヨーロッパに見られる伝統的な駅らしさです。逆に内部は革新的で良いと思っています。ヨーロッパでは、かつては大浴場として建設されたレンガづくりの古い建物が、外観はそのままで近代的なイタリアレストランとして使用されている事例もあります。建物は何百年にもわたって維持されている古いものですが、内部の機能は革新的に変えています。建物とはそうあるべきだろうと思います。
また、駅は公共性を持ちますから、それをどう外観で表現するかが課題です。イタリアのように建物や街並みが何百年も変わらなければ、そこには何百年分の町の歴史や人間の生き様が集約され、時間が刻まれることになります。ですから街には、変わって良い物と変わってはならない物とがあり、基本的には自分たちの歴史や生き様を、何代後になっても追体験できることが必要だと思います。
──その観点からすると、札幌駅本体のデザインはどんなものになりますか
臼井
誰が見ても駅と分かる建物にしたいと思っています。札幌駅の歴史を辿ると、現代で6代目の駅になります。開設してから120年ですから、単純に計算すれば1駅につき20年という、非常に短命なものであることが判ります。ところが、3代目の駅だけは、木造で、ルネッサンス様式で設計され、50年近く使われました。それほど、札幌市民から愛された駅なのです。札幌市民から長く使われて愛された駅は、それだけ駅らしい駅だったのだろうと思います。そこでそのイメージを、今度は鉄骨や鉄筋コンクリートで、デザインに活かすようにしました。
また、駅は時間が支配している空間です。利用者は「何分の汽車に乗らなくてはいけない」とか、「30分時間があるから、ちょっと買い物しよう」といった具合に、時間に支配されます。それを表現することが駅らしさを表現することだと思っています。
標準時間というものが設定されて以来、駅舎に時計はつきものですから、駅の正面には大時計を設置します。実は意外なことに、京都駅にも名古屋駅にも時計がないのです。そのため、外から見ると駅だとは気づかない人もいるようです。
──札幌駅は、今後の駅づくりの新しいモデルケースとなるのでは
臼井
京都駅も名古屋駅もオリジナルの駅ではあるでしょう。JRとなってから開発された名古屋、京都、小倉駅は、どれもガラスと鉄骨による近代建築です。
それに対して、札幌駅はどちらかといえばレトロ調で、クラシカルな表情を持たせます。その意味ではむしろ異質かも知れません。しかし、私はそれこそが本来の駅らしさだと思っているのです。
駅というものは、少なくともその町の景観や街の歴史性を踏まえた建築表現をしていくべきだと思うので、その意味では、一つの提案になるのではないでしょうか。
──駅設備には、環境への配慮もされているとのことですが
臼井
今回の開発で大事にしたもう一つのテーマは、エコロジカルであることです。環境に配慮し極力、エコロジカルな建物にしたいと考え、地域熱供給システムを導入しました。北海道ガスのコ・ジェネレーションシステムを採用して、熱、電気を供給しますから、かなりエネルギー効率は高くなります。地域熱供給事業をここで立ち上げるのは、一つの大きなポイントだと思っています。そこで発生するお湯なども、一部は空調の代わりに利用します。
札幌駅の象徴となる正門の大時計は、設置面にソーラーパネルを張り巡らせ、太陽エネルギーで作動させることになります。ソーラーパネルは、通常は屋根の斜面に配置しますが、これについては垂直です。札幌は緯度が高いので、垂直のソーラーパネルでも発電は可能なのです。
駅舎の屋上は、高いところから見下ろした際に美観上、よくないので、ここを駐車場にし、街灯をつける計画です。その街灯のエネルギーは、風力発電で賄う予定です。風車は様々なアートワークを施して、アートを兼ねたものにします。

──そうした工夫は、一般には目につきずらいですね
臼井
そうです。大時計のソーラーパネルなどは、単なるミラーガラスと思われるでしょう。そこで、駅内に表示パネルを設置し、現在、何キロワットの発電が行われているかを表示しようと考えています。それによって、札幌市民のエコロジーへの意識を高めてもらえるような情報発信をしていきたいと考えています。




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