建設グラフインターネットダイジェスト
〈建設グラフ2003年10月号〉
interview
地域の主体性を尊重し、農業の多様化に合わせた農村農業整備事業を
多様な農業形態で農村からメッセージを発信
北海道農政部次長 細越 良一 氏
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細越 良一 ほそこし・りょういち
昭和24年9月20日生(53歳) |
千歳市出身 |
北海道大学農学部農業工学科卒 |
昭和 |
48年 |
4月 |
入庁(空知支庁計画課) |
平成 |
9年 |
4月 |
北海道東京事務所参事(自治体国際化協会) |
平成 |
11年 |
5月 |
農政部農村計画課参事 |
平成 |
13年 |
4月 |
農政部農村計画課長 |
平成 |
15年 |
6月 |
農政部次長 |
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農産物価格の低迷や消費者ニーズの多様化によって、作ることイコール所得という今までの農家経営の図式が崩れ始めている。農業農村整備においても、日本全体・北海道全体が一律の整備を行えばすぐに効果が出るという時代は既に終焉に向かいつつある。道では、平成13年度から「食料・環境基盤緊急確立対策事業(新農地パワーアップ事業)」、「公共事業コスト縮減に関する新行動計画」を定め、環境との調和に配慮しながら、農村を支える新しい農業農村整備事業に取り組んでいる。6月の人事で農政部の次長に就任した細越氏は、「北海道が農業で生きていくには、地域の主体性や自主性が非常に大切」と主張する。北海道農業の変遷と今後の農業農村整備事業について伺った。
- ――農業生産を支える農業基盤整備の概括的な完成度は、どのくらいと言えますか
細越
-
全国的な傾向ですが、農業生産を支えるダムや頭首工などの大規模な灌漑施設は、北海道ではほぼ建設のピークを越え、更新の時期に入ってきていると認識しています。何かと批判の的となる広域農道については、現在は計画の見直しを進めているところです。防災ダムについても、ほぼ建設のピークを越えつつあると思います。
農地整備についても条件整備は着実に進んできています。国の基準では水田区画30a以上で用排水が分離されていることですが、これに基づけば、本道は約75%が完了しています。
一方、畑地については、灌漑施設は必ずしも必須の要件ではなく農道が隣接しており、なおかつ排水施設が完備されていることが条件になります。その基準で見ると、すでに約68%が完了済みです。したがって、田圃と畑を併せると、70%以上の農地整備が完了していることになります。
このため、今後は施設を新規に整備するというよりは、老朽化の度合いに応じて、できるだけ費用を掛けずに更新していこうと考えています。
ただ、水田については30aで十分なところもあれば、経営規模が20haから30haにも及び、必ずしも十分でないところもあるなど、経営の形態や規模を踏まえた、多様で柔軟な整備が求められると思います。
- ――北海道の農業農村整備の歴史は
細越
-
北海道の農業農村整備というのは非常に長い歴史を積み重ねています。そういう面でいくつかの歴史の変換点があったわけです。
まず戦後間もない、昭和22年に米を自給するという大命題を掲げて戦後の緊急開拓が行われ、24年に土地改良区が設けられました。
36年には農業の生産性を向上し、農業と他産業との格差を縮めていく目的で農業基本法が制定されました。この農業基本法に沿って、北海道農業は展開してきたわけです。
そのときの最大の目玉事業は、開発パイロット事業で、いわゆる農地開発です。規模を拡大し、自立出来る農家を育てる目的でスタートしました。また、開田するための水源開発、かんがい排水事業など、かなり大規模な事業が実施されました。
40年代になると、コンバインやトラクターなどの大型の機械を導入するために、道路整備も必要になりました。
そこで大きな節目となったのは、昭和44年の新規開田の抑制です。それまでは一貫して増田、米増産という極めてシンプルな方向性でしたが、この頃に一転して米あまりが常態化してきたのです。ここが日本の農業にとっても、北海道の農業にとっても大きな転機で、このあたりから北海道の農業農村整備は水田から畑、酪農地帯の草地のほうにシフトしました。結果的には、これによって、北海道農業は水田・畑・酪農の草地と徐々にバランスのとれたものになっていったとも言えると思います。
水田と畑の整備率は、当時は相当格差があったのですが、畑の方が国費の補助率が高いこともあって、畑や草地の整備が相当進みました。
- ――稲作から畑作へと転換していったのですね
細越
-
水田の整備も、それまでは増収イコール規模拡大でしたが、それからは畑作物もつくれるような、汎用水田の整備に転換しています。今は全国的にその方向に向かっていると思います。
一方でこの頃の日本の高度成長と相まって、農村部から急激に人口が流出し、過疎化がはじまってきました。そこで農村に定住してもらえるよう、生活環境の良い、暮らしやすい農村をつくるため、あるいは交流人口を確保するために農業集落用水や集落道、農村公園の整備をはじめとして、農業水利施設周辺の水辺環境を整備して、多くの人達にきてもらおうとする動きも出てきました。
その一方では、離農者も増えました。中でも中山間地域での耕作放棄は増加しました。北海道でも条件の悪いところでは、耕作放棄のケースがかなりありました。その条件不利対策として平成5、6年から、生産基盤と活性化施設を一体的に進める中山間地域総合整備事業を実施しているところです。
また、耕作放棄地の防止や規模拡大による低コスト生産のための農地利用集積の促進、区画をもっと大型化するような整備に主眼をおいてきました。
- ――農家経営も変わってきたのですね
細越
-
政府がある程度、価格を支持している作物は、昭和60年をピークに下がっていくことになるのですが、米などはその典型ですね。低コスト生産のために農地を集積しなければならない事情もありますが、それ以上に農家経営が非常に苦しくなりました。農産物価格の低迷で投資意欲が減退していることに加え、家畜排泄物の処理が問題となってきた時期なのです。
そこでガット・ウルグアイラウンド対策の国費を上手く使うべく、平成8年から12年までの5ヶ年間で農地パワーアップ事業を行いました。生産基盤及び、家畜糞尿処理施設の整備を道と市町村で協力して、通常20%前後の農家負担を5%まで減らしました。これによって、以前に比べて生産基盤は1.4〜1.8倍、家畜糞尿施設は約2.8倍と、かなり整備が加速されたのです。平成8年から12年までの5ヶ年で実施したのですが、その対策要望が非常に多くてこなしきれなかったところもあります。
- ――それは北海道独自の取り組みだったのでしょうか
細越
-
そうです。5ヶ年間で約390億円を投資し、全国に先駆けて行いました。それでかなり加速的に整備が進んだと言えますが、13年度から継続するかたちで新農地パワーアップ事業を行っています。最初の農地パワーアップ事業では、比率が道2、市町村1で、2対1の負担により、農家負担を5%まで軽減したのですが、今回は道としても非常に財政的に苦しいので、新しい対策では基本的には道と市町村の割合を1対1にしています。
ただ、家畜糞尿処理施設については、かなり政策的な必要性が高いので、これについては従来の2対1の負担になっています。農家負担も、もとは一律5%だったのですが、新しい施策では5〜10%と幅を設けており、13年から17年の5ヶ年で進めています。
- ――平成11年には食料・農業・農村基本法ができましたが、それと今回の対策との関連は
細越
-
最初の農地パワーアップ事業は、まさしくガットウルグアイラウンド対策のためでした。実は北海道も、今日の食料・農業・農村基本法の前に、北海道農業・農村振興条例という条例を全国ではじめて制定したのです。
平成9年に農業の振興のために全国に先駆けて制定し、そのあとに国が食料・農業・農村基本法を制定したのです。ただ、道条例では、さすがに食料という言葉を名称には入れられなかったですね。食料というのはあくまで国策ですから、北海道は日本の食料供給基地とは言いつつも、あくまでも農業・農村の振興条例となっています。
農地パワーアップ事業は、平成8年から始まっているので、ちょうど条例を作り始めた時期に、この事業がスタートしたことになるのです。
- ――それには次長も携わったのですね
細越
-
そうです。北海道に元気がないので、そういう気持ちも込めながら名前を決めました。最初の農地パワーアップ事業では、家畜排泄物の処理は、やはりクリーン農業の原点なので、クリーン農業推進を主眼におきました。これまで、かなり加速度的に進めてきており、これからはさらに充実した事業にしたいと考えています。
- ――北海道の農業農村整備はこれからどのように展開していくのでしょうか
細越
-
今は、大きな転換期を迎えていると認識しています。米政策改革大綱が発表されたり、bseが日本でも発生し、食の安全・安心は非常に重要なファクターになっています。
今までの農業農村整備は、ある時期までは行うこと自体に絶対的な効果があったのです。食料がないときに食料を増産することには、異論があるはずがありません。
ところがひとつの転換は、米の生産調整です。そして一方では、ガット・ウルグアイラウンドの貿易自由化で、農産物も国際化が進展してきて、当時はアメリカとかオーストラリアが中心でしたが、今では生鮮野菜が安い価格で、中国から輸入され始めています。そうしたところで、今大きな転機を迎えていると思うのです。農業農村整備事業も、農業農村の持つ多面的な効果を高めるという普遍的な意義がありますが、農家経営の面から見ると、作ることイコール所得という図式ではなくなってきています。
それを踏まえて、農業農村整備をどうするかを見直すことが必要ですが、来年から新たに実施される米政策というのを、大きな政策転換と捉えることだと肝要だと思います。食糧庁という組織が改組されましたが、やはり地域が目指す多様な農業展開を、どのように応援していくかということが重要な視点だと思います。日本全体、北海道全体が一律の農業でやっていくのはなかなか難しくなってきています。安さという点では北海道は日本では勝てるけれども、中国には勝てないわけですね。ですから北海道農業の目指すところはクリーン農業ですが、それをベースにしながら、様々な農業を目指していくというのが、今後の方向性だと思うのです。
したがって、地域の主体性や自主性が、今後は非常に大切になってきます。そのひとつの具体例が、今年度中につくる、「地域水田農業ビジョン」です。地域がどのような水田農業を目指すのか、そのビジョンを、まずは地域自らつくっていくものです。そして、それを作成したところについては、その実現を支援するために、最大の助成措置である「産地づくり推進交付金」を支給します。ガイドラインは大枠としてありますけれども、自主的なプランに基づいて自主的に使途を決めることが許される制度です。
- ――これは全国的に行われる制度ですか
細越
-
そうです。その動きの中で、例えばある地域は低コストを目指し、あるところは有機低農薬を目指して、高付加価値化したり、あるいは稲作をある程度に抑えて、高収益の花やメロンを栽培したり、または、都市圏の人に農村風景を見てもらう美瑛のような観光的イメージ作りや、ファームインやファームレストラン、直売所、あるいは農業体験などと多様化していくケースもあります。そのため、基盤整備はそれぞれに合わせて全く違ってくると思います。
そのように、これからは様々な農業形態が登場すると思いますね。逆に言えば、それしか農業で生きていく道はないと思っています。そうなると、これまで行ってきたような、「どこでも必要だ」という意義の整備ではなく、「こんな農業をやるからこんな整備が必要だ」といった意義に変わってくると思います。
この「地域水田農業ビジョン」のように、畑作においても、酪農においても、それぞれの地域でビジョンを考え、それを応援するといったスタイルの基盤整備になるべきだというのが私の考えですね。
- ――そうすると農業土木技術者は、いろいろな地域の文化を知らなければなりませんね
細越
-
全くその通りです。農業土木技術者は、技術がベースにありながら、それ以外のいろいろな情報や知識、ノウハウといったものを、幅広く身につけることは非常に大切になってきますね。
- ――また、国際化の進展によってコストの縮減が大きな課題になっていると思いますが
細越
-
これだけ国際化が進展すると、いくらコストを下げても価格で競争するのは難しいだろうと思います。むしろ、食の安全や安心、さらには農村の持ついろいろな機能に対する都市の人々の理解がどこまで得られるかにかかってくるでしょう。生産力だけではなく、先の美瑛のような丘陵景観や、防風林のある景色、小川のせせらぎなどへの評価です。
したがって、農業は生産性ばかりではなく、都市の人に関心が持たれるような体制も作らなければなりません。そのためには、農家それぞれがどんな取り組みをしているかを示すことも必要だし、そこにメッセージも必要だと思いますね。そのふれあいを通じて農業を理解してもらい、農村を理解してもらうことが大切です。
近年の北海道では、そうした大きな運動が興りつつあります。各地のふれあいファームでは農業を体験したり、芝生の上で一日をのんびり過ごすことができます。したがって、それに対応して、環境を保全していくような農業農村整備をしていかなければなりません。
そこで、私が問題意識を持っているのは、美瑛のような、丘陵に馬鈴薯の花が咲き、小麦が色づいている美しい景観を維持しているところの作物は、ほとんどが価格対策を受けている作物であるということです。それらは、まともに国際競争をしたのでは、コスト的にはかなわないものばかりです。しかしあの景観は、あそこで農作業を行って始めて守られている景観なのです。知床のような天然の自然景観とは違います。人が農業という生産活動を通じてはじめて形成されている景観なのです。いわば、人と自然と命の過程、それら全ての集合体なのですね。
ところが観光客向けのレストラン、直売所や、ツアー会社にはそれなりにメリットはありますが、あの景観を維持している地域の人達には何のメリットもないのです。農業生産から言えば、もっと農地を平坦にしたいという思いもあるかもしれません。遠景を見て美しいと鑑賞している大部分の人は、その景観がもたらすものに対して、何の利益も還元していません。遠くまで広がる美しい景色を見た人には、その景観を守っている人の思いを、支えて欲しいものです。つまり、その景観はそこで作る農産物を消費してもらうことで支えられるわけです。
例えばそこで獲れた麦の価格が、たとえば中国の3倍で、パンとして製造されたら中国産のものが80円で、美瑛産のものは100円であるかもしれません。しかし、100円のパンは、美瑛のこの景観を維持している作物でつくられているのであることを、メッセージとして情報発信して、支えてもらっても良いと思うのです。そうした消費者と生産者の関係を構築していかなければならないと思います。
農家の人々は、本来は生産のために土地を耕しているのであって、決して景観を維持するためにボランティアで耕しているわけではないのです。だから本来なら、なるべく生産性が上がる形態にしたいという思いもあると思います。その生産効率を度外視してでも、自分たちのふるさとを守っていくという意思に対して、景観が持つ癒しをみんなで支える思想、運動が進めば良いと思います。
- ――環境の保護対策は
細越
-
去年の4月に土地改良法が改正されて、事業の目的に環境との調和という項目が含められましたが、これは目新しいことではなくて、平成6年から、ビオトープの保全を目的に自然環境保全整備事業を空知管内の雨竜町など4町村で行ってきました。
平成5年からは魚道の設置も行うなど、これまでも環境に配慮した整備には取り組んできています。さらにこれからは、点の対策ではなく農業農村整備事業全般にわたって、いろいろな視点で環境に配慮していく必要があると思っています。
環境の保全というのは21世紀最大のテーマで、かつては二酸化炭素を売り買いするなど、誰も考えていませんでしたが、今日では牛のゲップに課税しなければならないという時代なのですね。そういう時代背景を無視しては、事業を進めることができません。現場ではいろいろと大変だという声もありますが、1年2年ではなく、5年、10年単位で、その地域にふさわしい地に足のついた整備を進めていきたいと思っています。
- ――コスト縮減の取り組みについては
細越
-
農業農村整備事業が一般の公共土木事業と違うところは、かなりの部分で農家の人から負担をいただいているということです。下水道のように一部負担を伴うところもありますが、基本的に受益者から負担を求める事業というのは他にありません。そのような意味からも、また、国や道、市町村の財政事情、農家の経営状態など、いろいろな状況を鑑みて、コストの縮減は普段の取り組みとして非常に重要だと思っています。
その取り組みの一例として、平成9年12月に「公共事業コスト縮減に関する行動計画」、さらに平成13年2月には「公共事業コスト縮減に関する新行動計画」を策定し、9年から14年までの5ヶ年間で、約18%程度コストを縮減してきています。当然、同じ資金で、それだけの仕事量がこなせるようになったということで一定の成果を上げていますが、ただ、作物の価格が2割から4割も下がっているので、規模を拡大してようやくかつての所得水準を維持しているというのが実態です。
したがって、今後はさらに取り組みを強化していかなければなりません。この7月の始めに部技監を委員長として、北海道農業農村コスト縮減推進委員会を設置し、これまで以上に取り組みを強化していくこととしています。
- ――事業はまさに多岐に亘っているのですね
細越
-
量から質への転換なのです。今までは未整備のものを整備することに意味がありましたが、これからは整備の内容が問われる時代です。
また、今までは地域の申請を請けて事業を行っていましたが、これからは地域に入って、これからの農業をどうするのかを議論したり、提案していくことが必要になります。書物で勉強をするのではなくて、地域に入っていくことによって知識が少しずつ身に付いてくるものです。今日の農業の在り方をみんなで議論する場を、各支庁で作っていく準備をしていますが、農業土木技術者も、事業量ではなく、地域に対するコンサルティングが出来るような能力が必要だと思います。
- ――自然を相手に長いスパンで見ることができなくてはなりませんね
細越
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農業土木工事というのは一般の公共土木工事と似て非なるところがあります。農家の財産を守るという意味で違うのです。農地は農作物が取れて、それが流通に乗って販売されてはじめて所得という形で還元されます。農業土木工事に携わる建設業者には、その農家の気持ちになって、生産の基盤そのものを支えているという、やさしさやきめ細やかさを持ってもらいたいというのが私の希望ですね。
- ――近年は、食の安全が叫ばれる時代ですね
細越
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やはり、大きな転機になっていると思います。北海道の農業はどんな方向を目指すのか。今までは全国でも優等生で規模拡大=所得拡大だったわけです。それは昭和の時代まではその方向で間違っていなかったのだと思いますが、平成に入ってからは、食の安全・信頼を揺るがす産地偽装などの問題が、次々と表面化してきているわけです。
この対策としては、直接生産の場を見てもらい、情報公開をして、生産履歴はもちろん、様々な関連情報を示していく以外にないですね。そこから新しい北海道農業をはじめていくしかないと思います。
- ――この広い北海道の中で農家の現場に入りながら苦労している農業土木技術者へメッセージを
細越
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最近、各地の出張所で意見交換をしてきました。本当に一生懸命やっていることに礼を言い、激励もしてきたのですが、やはり事業の量ではなくて、自分の担当した事業に自信の持てる仕事をして欲しいと思いますね。
事業に対するいろいろな批判もありますが、やはり地域に信頼される仕事をして欲しいし、そういう人材になってもらいたいと思います。本庁も支庁も同じ目的で働いており、地域のために役に立つ仕事が出来る人材であってほしいというのが私のメッセージです。
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