建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1998年12月号〉

interview

自然の香りを残しハイテクの先にあるものを表現したい

ブラックスライドマントラと植物園をつなぐ空間・札幌メディアパーク

活ノ坂デザイン工房代表  伊坂重春 氏

伊坂重春 いさか・しげはる
昭和26年札幌市生まれ、武蔵野美術大学産業デザイン学科卒。
スタジオA、高島屋設計部、江平建築事務所を経て、現在に至る。
武蔵野美術大学非常勤講師
<主な受賞歴>
札幌市都市景観賞・JCDデザイン賞大賞・商環境デザイン賞(佳作賞、奨励賞等)・SDA賞など
STV(札幌テレビ放送)が、社屋隣接地である市立札幌病院跡地に、視聴者開放型のドームスタジオ「札幌メディアパーク」を整備している。敷地面積8,472uに、建築面積3,906uという大規模開発事業で、近年の不況下にあってこれだけの大規模民間開発は珍しい。従来の碁盤の目となっている市街区から敢えて軸線をずらしたユニークな配置計画で、札幌市民の新しい文化的オアシスであり、テレビ局と視聴者との接点を密にする上でも大いに期待される。この施設を設計した、伊坂デザイン工房の伊坂重春所長に、設計の理念などを伺った。
――どん底の北海道経済が再生への道筋を模索している状況下で、民間主導でこうした夢のある開発ができるのは、道民にとって大きな励みになると思います。そこでこの施設の設計者としての哲学や理念を伺いたい
伊坂
企画段階でまず感じたのは、建設地が非常に札幌らしい特長のあるロケーションだということです。北側には植物園、南側には大通公園があり、8丁目にはイサム・ノグチのブラックスライドマントラもあるなど、この北一条、北二条通は文化的な香りがします。いうなれば、場所から触発されるもの、建築を誘い込むようなものを発している場所で、土地のコンテクストが鮮明です。
そこで、私は自然との共生、芸術的な香りをどう建物の中に取り込むかを設計の最大のポイントにしました。
また、事業者はメディア産業で、その放送においてはデジタルや地上波といった技術的な課題を抱えています。建築は形のあるものを造るわけですが、メディアは無形のものを造っているという対照があるわけです。
それらを考慮しつつ、なるべく環境に優しい施設とするにはどうすれば良いかが大きな課題でした。そのため、施設をなるべく地面に埋め込むことで、無機質的な匂いを排除したつもりです。そして、既存の街区の街並みからあえて外れた配置とすることで自然に近付ける手法をとりました。これによって周辺の文化的な香りを施設の中に取り込もうという考えです。
――確かに札幌の区画は碁盤の目で整然としていますが、建築物までもが皆な同じ箱形で、色合いや高さもあまり変化がありません。四角い箱が平坦に並んでいる感じですから、その中ではこの施設はかなり目立つものになりますね
伊坂
そうですね。イベントホールなどは、半分が外界に開放した形となり、半屋外的な施設として提供することになります。そこに、規範の街並みから人々をどう誘導するか、市民にどんな形で空間を提供できるかということが課題です。また、意図的に碁盤の目の軸線から外すことで、市民に開放するという狙いもあるのです。
そして、現地は南側から来ると袋小路のような状態になっていますが、大通公園の8丁目だけはイサム・ノグチの彫刻が配置されているため、道路が閉鎖されています。そのため南北に抜けられる広場を通じて施設の中に入り、そして植物園側に抜けるという道筋を設定しました。
――しかし、植物園の入口は、道庁西側に面しており、しかもそこは裏通りというイメージがあるため、間口を広く構えて人を迎え入れるという雰囲気はありません。したがって、植物園の南側にももう一つエントランスホールが設置されるのが理想的ではないかと思いますが
伊坂
そうですね。植物園と対局に位置する大通公園もクローズされていますから、ことさらこの施設をオープン型とすることが必要だったと言えます。
本当は、私も南北の軸線で通り抜けを考えると、大通公園があって、この施設があり、そして植物園へと連胆するので、北二条通にも植物園の入り口があれば、さらに違う要素が出てきたと思いますね。
――街並みの連坦性から見て、南は大通公園のスライドマントラ、北は植物園が確かにポイントになるでしょう。では、西と東の関係はどうなりますか。
伊坂
北一条、北二条は、ある意味では東西の文化圏の流れになっています。建物の中に入り込めるよう北も南も人のロータリーというのか、広場になっています。札幌市のロマネット計画や様々な緑化計画を少し前進させることになります。
――前面にSTVの本社ビルがありますが、高さの均一化などの配慮はあるのですか
伊坂
周辺の街並みに融合させる上で、建物の高さは抑えました。大通公園から北側を見た場合、やはり植物園が見える方が美しい。北一条、北二条からも背景として植物園の自然がどんどん目に入る方が良い。
通常の本社ビルの増築とは異なり、広義の意味でスケールを少し広目に街並みをとらえて、施設の規模自体はなるべくそぎ取りながらできるだけミニマムな建物にしました。
――今回の施設を設計するに当たって、参考とした建築物はありましたか
伊坂
今回は本体にせよ、開閉屋根にせよ、他に前例はないものと思っています。したがって、参考にした施設はありません。
――前例に頼らずに自力で像を結び、形を構築していくのは、大変な作業だったのでは
伊坂
幸い場所のコンテクストがはっきりしていましたし、事業主が放送会社ということで、この施設で何をするのか目的が明確になっていましたから、むしろ建築上の条件としては、あまり制約がなく自由な発想ができたところがあると思います。
実は、マイアミにベイ・フロント・パークという、イサム・ノグチ設計の施設があります。海を背景にその場所で採掘された砂岩やサンゴ礁から出来ている公園で、自然を大切にしています。大通公園のスライドマントラも地面からはい上がっているように、自然と一体となっていて、遊具なのか建築なのか彫刻なのか非常にあいまいで領域を超えているとの感があります。それでいて存在自体は力強い。
私はこれらを、建築でも表現出来るのではないかと思っています。人が知らぬ間に施設の中に入り込んでいるというように、建築としての形態があまりなく、自然と一体になっていること。周辺の水や風、緑などと一体化し、建築であり建築でなく、彫刻であり彫刻でない。広範な意味でのシェルター、そういう空間を目指したいと考えています。
また、市内にはイサム・ノグチの作品を配したモエレ沼公園が整備されていましたので、建築や彫刻でも人が集まる場所を提供できることを参考にさせてもらいました。
――イサム・ノグチの滑り台一つとっても、確かに人を引き付けるある種の魅力を発散しています。その意味では、言葉ではなかなか表現しづらいですが、建築作品において、もしアミューズメントの施設がなくても、人を引き付ける魅力とは、どんなものだと考えますか
伊坂
この施設に限定して言えば、一つにはSTVというテレビ媒体の施設ですから、「あそこへ行けば何かがある」という漠然とした期待感や関心を人々にもたらします。施設自体に人が入り込める要素があるので、アミューズメント型ではなくても人の集まる施設として造りやすい面はあるのです。
――規格的な札幌の街並みから外れることで、自然に近付くという説がありましたが、一方ではマスメディア産業として情報技術の最先端にあり、近未来を体現する産業という一面があります。自然は原始に近く、逆にメディアは未来に向かうものですから、背反するものを総合して表現するという難しさもあるのでは
伊坂
マスメディアは実体のないものを扱っている産業ですから、そこには人や地域間のコミュニケーションというものが残っていくということを、たぶんに企業側として意識しているでしょう。思うにそれは最先端の技術それ自体ではなく、その技術の先にあるものは、人間的なつながり、企業と人間のつながり、地域と人とのつながり、人間と人間のつながりだったりするのでしょう。
この施設はメディアパークですから、確かに最先端の技術があったり、その上に成り立っているハイテク施設もあります。ただ、ハイテクとは、その行きつく先にさらに大切にしなければならないものがあるという認識に立っているものだと思います。
私としては、その辺を少しでも形として表現できれば良いと思っています。もっとも、業種として最先端の機能を用意しておく必要はあるので、それがスタジオ機能であったり、デジタル化への対応だったり、視聴者がインターアクティブに参加できる、そういう施設を配置することは仕掛けとして取り込んでいます。
これまでの放送施設は、魅力的ではあっても、なかなか中に入り込めず、スタジオを訪問しても、見たい所が見られないという面がありました。しかし、今回の場合は表と裏のない建て物なので、建築の内と外という境界をなるべく排していきました。ですから、訪問者はどこにでも入り込めます。表の玄関も裏の玄関もありません。スタッフ動線も基本的にはなく、客動線との区分けを極力省いて、視聴者が一番見たいと思われるスタジオなどを積極的に見せていく施設になっています。
――まさに逆発想ですね。マスコミは舞台裏は見せたくないものですが
伊坂
その代わり使う側にとっては、どこでもスタジオになるという機能を持たせました。どこでも放送できるという面白いところがありますので、使う方も発想によってはいろいろな使い方が出来ます。
――聴衆と一体型ですね。建物全体が一つのスタジオ ともいえそうですね
伊坂
そうです。あの建物は、フォンタナという画家がキャンパスを切り取るようなイメージで、大地を切ってめくりあげて、そのなかにさまざまな施設を入れ込んだわけです。大地の中に設備とか建築的な機能を盛り込んで、封じたいものと、開放するものとを若干区分けしていければいいと考えています。
――それによって、地下そのものが建築スペースとなり、中に入った人は、そこが地下なのか地上なのか判然としない感じになるのですね
伊坂
そうです。その意味では、いわゆる建築物としての形態があるのは開閉ドームくらいです。それも開いた時と閉じている時とでは違う形が現れる、今までにはない開閉方式のドームです。これは、構造設計集団(s・d・g)の渡辺邦夫氏が設計を進めています。
――動く彫像もあるとのことですが
伊坂
北二条には伊藤隆道先生の動く彫刻があり、地下一階から貫通して地上階に抜けています。地下には三つの球体があって、そこから15mの棒状のものが三本立っている状態です。
このモニュメント自体が動くわけですから、動かし方によってはいろいろな演出ができます。
――施設の色彩や質感については、どのような工夫をしていますか
伊坂
土に近い仕上げにしたいと思っています。ただし凍害の問題があって、土をそのまま仕上げ材に使うわけにはいかないので、以前から交流のある淡路の左官職人の久住章氏にお願いし、私たちが擬土と呼ぶコンクリートのたたきのようなもので、通常の地盤より盛り上がっている人工地盤と平土間を左官仕上げにしようとしています。
これは、自然に近付けたいということと、人の手業と言うのか、近代建築に対置する伝統的な作り方、自然さ、手仕事独特のムラなど、人の手の痕跡を残したいと考えているのです。ガラスやスチールのような無機質の素材に比べて、建物に温かみを持たせたいと思いますね。
――例えは不適切ですが、いわゆる左右非対称なものには人間臭さがありますね
伊坂
現代は、環境や健康の問題に関心が高まっていますが、このような大きな建物で手業の仕上げがどこまで出来るか、設計者として挑戦したいところです。また、建主が施設をどう活用していくか、どうプログラム化していくのか、どのように夢を膨らませるかが今後楽しみです。

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