建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1998年7月号〉

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国連海洋法条約による規制に対応できる漁港づくり

水産庁漁港部長 大島 登 氏

大島 登 おおしま・のぼる

昭和16年7月31日生まれ、群馬県出身、北海道大学(修士・土木)。
昭和42年 4月 農林省入省
51年 5月 水産庁漁港部計画課漁港計画官
52年 7月 国土庁地方振興局離島振興課長補佐
55年 3月 水産庁漁港部建設課漁港建設専門官
4月 岩手県林業水産部漁港課長
58年 4月 水産庁漁港部計画課漁港計画官
10月 水産庁漁港部計画課長補佐(漁港計画班担当)
62年 5月 水産庁漁港部計画課付(研究休職)
平成 2年 5月 復職 水産庁漁港部建設課付
6月 水産庁漁港部建設課上席工事検査官
4年 5月 水産庁漁港部計画課漁港計画官
7月 水産庁漁港部計画課長
9年 7月 現職

資源管理型漁業へと移行する国際的な取り決めの中、わが国の漁港は、漁業の安全操業と漁船の保護、流通の効率化、生産性向上など、その役割はますます重要になってくる。そこで、全国の3、4種漁港の整備を担う水産庁の大島登漁港部長に、漁港整備の意義とその恩恵、さらにそれによる具体的な波及効果などについて伺った。
――ある建設関係者が、「県内の漁港整備がすべて終わり、もはや漁港に関する建設事業の行われる見込みがなくなった。これは全国的な傾向ではないか」と話していました。果たして、漁港整備はもう十分という段階に至ったのでしょうか
大島
いいえ、決してそうとは言えません。全国の漁港における係船岸の整備はいまだ十分ではなく、第9次漁港整備長期計画において、係船岸充足率を48%から目標値58%を目指しているところです。
現在、漁業活動に必要な用地は50%程度、漁船が避難に必要な場所は20%程度しか確保されていないのが実態なのです。
国連海洋法条約の批准に伴う新海洋秩序に対応するため、わが国の水産業はつくり育てる漁業・資源管理型漁業の一層の推進が求められています。それを踏まえ、漁港においては種苗生産施設、中間育成施設などの用地・水域の整備、蓄養作業や餌の調製のための用地、養殖用岸壁の整備や港内の水質改善が必要です。
特に、韓国との漁場競合の問題が生じており、水産資源の悪化が懸念される地域においては、一層の推進が必要なのです。
また、現在、台風来襲時も安心して入港できる漁港は少ないため、台風などにより、破損、沈没などの漁船の被害が多く発生しています。他港に避難を行う場合についても、特定の漁港・港湾に漁船が集中して入港している状況であり、各漁船は、あぶれないように台風の来る3日以上前に避難し、また、台風が通り過ぎたあとで3日以上かけて、水面一杯に詰まった漁船を順次出航させている状況も多々見られ、2,3日の激浪のために1週間以上出漁ができない状況にあります。このような出漁機会の喪失は漁業活動の低下に結びついているのです。
また、出漁をしない間も、漁船は漁業者にとっては、大切な財産であり、生活の糧ですから大丈夫かどうか夜中でも見に行くなど安心できる状況にはありません。台風来襲時などに避難できる漁港の整備や、防波堤整備などによる静穏水域の確保は、このような緊急時における安全性の向上という使命があるのです。
したがって、漁港整備はまだまだ十分ではないと思います。
――国際的な価格競争という視点から見ると、どんな施設整備が必要になりますか
大島
まず、流通基盤の強化が大切です。国民のニーズは、安全で高品質な水産物の安定供給にあります。それでいて、陸揚げの流通コストを低減し、国際競争力を確保するためには、集出荷、加工場の機能向上に資する施設用地、消費地までの迅速な輸送体制の確立のためのアクセス道路の整備、陸揚機能向上のための係留施設の整備などが必要となります。
――水産物の安全性という意味では、衛生管理の体制を確立することも必要では
大島
EU、米国を中心とした欧米諸国の水産食品に対するHACCP(※)方式の義務づけの動きに対応して、水産物輸出国は先進国への輸出を高めるため、次々にHACCP対応をとっています。
これは、日本国内においては未だ義務づけされてはいないものの、このような国際的な動向には早急に対処しなければなりません。しかし、現在、荷捌所で何らかの汚水処理を行っている漁港は、全漁港の約10%にすぎないのです。
そのため、漁港においても衛生管理に対処した施設整備の促進を図る必要があります。例えば、港内海水交換の促進や排水処理対策による水質管理、水産物の円滑な移動を考慮した施設配置などが必要となります。
――漁家の後継者難を耳にすることがありますが、就労環境の改善や、漁村生活の向上などが必要では
大島
そうですね、漁獲物の陸揚作業は大変な労力を要するとともに、漁業における作業は屋外であるため、風、雨、雪にさらされるといった過酷な環境下で行われています。
このため、若者の就労を推進するとともに、女性や高齢者にとっても働きやすい環境をつくるため、潮位に合わせて上下する浮体式係船岸の整備や荷揚げ作業の機械化の推進、防風、防雪施設などの整備が必要です。
また、漁業集落の70%は条件不利地域に位置しており、漁村の生活環境が立ち後れています。特に、下水道普及率などは、中都市に比べると大きく立ち後れています。
さらに、防災への対応も強化する必要があります。漁港漁村の大半は背後に山が迫り、集居・密居の割合が高く、集落内道路も狭いため,地震・津波など災害の被害を受けやすいのです。また海に面し、かつ陸上の輸送施設の整備が不十分なため、災害時には孤立しやすいという地理的な性格を持っています。北海道南西沖地震や、阪神・淡路大震災では、漁村に大きな被害が生じてしまいました。
したがって、それらの前例に基づく教訓を踏まえ、災害に強い町づくりを進めるとともに、緊急時に物資を輸送するための耐震強化岸壁などの早急な整備が必要です。
――最近、韓国籍の漁船が転覆した事故がありましたが、操業の安全性と生産性を高めるために、どんな施設整備が考えられますか
大島
確かに、操業の安全性の向上は重要な課題です。漁船などの安全性の確保のためには、従来の防波堤に加えて、可動式の防波堤の整備が考えられます。同時に、経済的な新工法の採用も進めなければなりません。
また、津波対策としての人工地盤の採用、安全情報伝達施設の整備を進めなければなりません。
――漁港整備を経済性だけで捉え、効果を計測するには無理があるかも知れませんが、漁港整備への投資がもたらす経済的波及効果についてはどう考えますか
大島
漁港整備に関する効果としては、水産物の生産性の向上つまり生産コストの削減、漁獲物の付加価値の向上などという効果が考えられます。
また、先にも触れた漁業就業環境の向上、生活環境の向上、そして地域の産業の活性化つまり漁業以外の産業への波及が考えられます。もちろん、非常時・緊急時における生命や財産の保全などもあげられるでしょう。
漁港への投資のもたらす効果について、具体的に見ると、北海道栄浦漁港の整備によって、操業機会が向上し、漁獲高が顕著に増大したという事例があげられます。
同漁港では、昭和48〜平成4年度に漁港事業投資額30億円を投じて行われたホタテの養殖用岸壁、養殖作業用施設、種苗生産施設、加工場用地などの整備により、昭和48年にホタテ陸揚量は1,576 tだったのが、平成3年には4,204tに上昇しました。また、漁業とその関連産業の就業者数も、昭和48年に169人だったのが、平成3年にはなんと1,225人へと増えたのです。
さらに、利用可能な岸壁が増加した場合、愛媛県魚泊漁港と鹿児島県薄井漁港では、待ち時間が減少したおかげで品質が保持され、鮮魚・活魚で流通する魚が増加しました。従前であれば、加工原料になっていた魚が、鮮魚や活魚などの高付加価値魚として流通できるようになったわけです。
このように漁港漁村整備は、漁業者にとってはビジネスチャンスの拡大に、消費者にとっては食の多様化につながるものなのです。

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