建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1997年9月号〉

interview

特殊構造技術を開発し、新分野を創出

スポーツ施設から生産施設、防災拠点へ広がるドーム機能

株式会社竹中工務店
ニューフロンティアエンジニアリング本部長 最上公彦 氏

最上公彦 もがみ・きみひこ
1944年7月秋田県生まれ。
1969年 3月 東北大学大学院修了
1969年 4月 竹中工務店入社
1970年 4月 東京本店設計部構造課 事務所ビル、工場、超高層ビル、ハンガーなどの構造設計に従事
1988年 4月 ニューフロンティアエンジニアリング本部 ドーム、大空間構造物の開発
1996年 3月 ニューフロンティアエンジニアリング本部本部長

▲福岡ドーム(設計/竹中工務店・前田建設工業)
―官公庁の施設整備といえば、まず第一にコストの問題、さらに公共性を重視するあまり独創的なデザインは取り入れにくく、新しい技術についてもいろいろと制約があるといった一面があります。その点、民間施設では工夫のしがいがあると思いますが、ニューフロンティアエンジニアリング本部を設置したのもそうした背景を視野に入れた企業としての戦略でしょうか
最上
当社にはもともと特殊構造本部という組織があったのですが、構造設計技術において、特殊な分野はかなり開発的な要素を持っています。その第一段として、東京ドームを私たちが受注するに当って、膜にエアを入れて膨らませ30年から50年にわたり、恒久的に持たせることを構造力学的に提唱していくために、また、新しい材料を評価していくために設置されました。もう、かれこれ15年ほど前のことでしたが、今日ではエアドームばかりではなく、大空間にはすでに多くの特殊構造技術が導入されています。
このほか海洋技術、宇宙、超高タワーなど、いわゆるニューフロンティアの分野を取り込み、特殊構造技術を開発し技術営業を展開する目的で、86年に新しい部署として現在のニューフロンティアエンジニアリング本部に衣替えしました。
従来、会社の中に位置付けられるプロジェクト本部は原子力とかプラントなどのように対象物がはっきりしていました。ニューフロンティアエンジニアリング本部の場合では、「大空間」がテーマと言ってしまえばそれまでですが、のみならず新しい機能の追求という目的で一つの部署が成り立っています。このように、新しい建築構造技術によって、新しい分野まで作ろうという目的で取り組んでおり、その好例が東京ドームです。これをもって私たちは、大空間施設という分野を初めて世の中に送り出したわけです。
次に、超高タワーはこれまで電波事業としての役割だけでしたが、タワーそのものが事業になる可能性もあります。人間にはより高いところへ登ってみたい、新しい視野を体験したいという希望がありますから、タワー施設が一つの分野になるかもしれません。宇宙は、いままさにアメリカの探査機が火星で活動していますが、火星探査機が搭載している展開構造物の技術を地上の建築物の技術に応用できないかを研究しています。

▲展開構造物
――展開構造物というのは、簡単に言うと小さく収納していたものが大きく開かれ、本来の利用目的に適うということでしょうか
最上
そうです。宇宙で使用する機器や構造物は、輸送時にはコンパクトなものでなければなりません。この発想に基づき、例えば、コンクリートの型枠のサポートをいちいちばらすのではなく、展開構造物の技術によって、サポートを簡単に広げて型枠を敷くということに応用できるのではないかと考えています。
――問題は材質などいろいろと課題はありますね
最上
単価が高いので、いかにコストダウンするかということと、耐久性の問題も含めて研究しています。
特にドームの施工技術にもこの展開構造物を応用しようと考えています。ドームは大空間として使う場合と間仕切りする場合があります。可動席とか天井吊りなどの要素もあって、いい環境を作るためには空間を仕切ったり、動かす上で展開構造物を積極的に活用したいということです。
埼玉アリーナのコンペで、私たちはこの展開構造物を提案しましたが、残念ながら入選はしませんでした。審査員の方々からは15年早いと言われました。採用されたのは席の水平移動で造船技術を応用したものですが、将来的には私たちのこうした宇宙航空技術の応用も関心度の高い分野となるでしょう。
――ドーム建設には実績がありますから、施工のたびに新しい技術が生まれているのでは
最上
そうですね、一つのドームを建築する際には必ず三、四種類の新しい技術を取り入れています。福岡ドームの大規模開閉屋根、ナゴヤドームの単層ラチスドームなどはそうですね。
先日、竣工しました秋田県の大館樹海ドームでは、秋田スギの集成材を利用しています。札幌ドームは、天然芝フィールドを動かすホヴァリングシステムをいかにうまく適用するかがポイントですね。同じくワールドカップサッカーの会場になる大分のドームは軽量開閉式によってコストダウンを図っており、設計はほぼ完了しています。
内部環境をレベルアップ

▲単層ラチスドーム
――ドームの完成した姿はまだ描けませんか
最上
一部には、「もうドーム技術は完成している」という説もあるようですが、私はまだこれからだと思います。確かに従来の屋根を架ける構造の技術は出尽くしていますが、これからは限られた大空間の内部環境がいかに良い環境になっているかに関心が高まっていくでしょう。
また、ドームは施工時に屋根鉄骨を仮にささえるためのサポートに随分コストがかかりますが、これをいかに抑制するか、施工技術の課題はまだまだ多いです。
――内部環境というと具体的には
最上
音環境、温熱環境、光環境、それから防災・避難。この四つを十分にクリアしていなければ、室内環境としては良い空間とは言えません。
半導体工場など生産施設にも有望
――その意味では、環境を人工的に一定化する研究にも取り組まれていますか
最上
宇宙の中に地球環境と同じ環境を作る技術は、地上にも応用できますから、ドームの内部環境を制御するにも適しています。
ドームの効用は内部と外部を遮断することですから、別な使い道もあります。スポーツ・レジャー施設から、将来は半導体工場など生産施設の分野にまで広がるでしょう。
プロテクトした一つの大空間を造り、内部環境を制御していくのが適切だと考えられます。
また最近、携帯電話の電磁波による弊害がクローズアップされています。さらにトラックなどによる交通振動、沿岸では塩害など外環境が悪化していますが、これらは超精密工場にとって最もやっかいな問題です。
現在の手法では建屋の中にクリーンゾーンを造っていますが、2〜3年で造り替えるのは効率が悪い。そこで私たちは、温熱環境を含めこれらをすべてプロテクトする屋根なしの生産施設、同じ空間の中に食事や休憩のスペースがあり、工場群もある大空間施設を、提案しているのです。
ところで、余談ですが関係者の話では今後、日本における半導体工場の立地先は北海道しかないそうです。
半導体工場というのは、そもそも人手はあまり必要ないのです。北海道の人家の少ない場所に200m規模のドームを設置し、冬でも20度程度の室温を確保しておくと、非常に快適に仕事ができます。それに地価が安いですから、一つのシェルターを造る経費は賄えるということです。
コミュニティードームの需要に期待

▲札幌ドーム (原広司グループ案/原 広司、アトリエ・ファイ建築研究所、
アトリエブンク、竹中工務店、大成建設、schal bovis,inc.)
――ドーム需要の今後の展望は
最上
収容人員が3〜4万人の都市型ドームは仙台、神戸、広島など全国5、6か所で計画があるようですが、そこまで規模の大きくない2〜3千人からせいぜい5千人規模の地域密着型のコミュニティドームは、今後何十年間のうちにかなりの数が出来るでしょう。いわばこれは土足型体育館のようなもので、冬場にスポーツを楽しめますから利用は大いに期待できると思います。管理運営さえしっかりしていれば、24時間開放型でもいい。
ライフサイクルコストは20年
――コストの問題も現実には無視できませんね
最上
公共建築物のライフサイクルコストの考え方は、アメリカではかなり浸透しています。通常、ライフサイクルは20年といいます。20年でイニシャルコストとランニングコストを合わせて最低のものが良いわけです。特にイニシャルが多少高くてもランニングが安いのが最良です。
札幌ドームのライフサイクルコストの比率は、20年間でランニングとイニシャルの比率が6対4と設定されています。今後ドーム建設の予算がライフサイクルコストで算出されるようになればより幅が広く、面白いものが出来ます。ドームはいろいろな使われ方をしますから、ライフサイクルコストの考え方をしっかりと持つべきでしょう。
東京ドームは100年でも大丈夫
――耐用年数を延ばすことは可能ですか
最上
それは問題ありません。商業施設としてのドームは、20年持てば収支が合うということですが、東京ドームなどはゆうに30年は問題ないでしょう。膜材を使用していますから、膜を張り替えれば100年でも使用可能です。
ナゴヤドームの鉄骨は塗装していますから、塗り替えさえすれば半永久的です。大阪は内部にメカが鎮座していますから、メカの耐用年限が過ぎればそれを更新すればよい。
その意味では、ドームをコンクリートだけで造るのは感心しません。シアトルのキングドームは施工もあまり良くなかったのでしょうが、コンクリートの中性化によって鉄筋にサビがつき、その結果、コンクリートが剥離して落下したのです。これはもう完全に寿命といえますね。
ドームは、機能的に大空間を提供しているだけなのです。従来の事務所ビルは階高が足りないとか、柱のピッチがありすぎる、などの理由から建て替えるケースがありますが、ドームであれば、機能性を理由に改築することはありません。
ドームは耐震性も有利
――耐震性ではどうでしょうか
最上
阪神・淡路の大震災で、その優位性が実証されています。大空間の構造は技術的に高度なので、それなりにきちんと設計されています。しかも屋根が軽いので耐震性に優れているという面もあります。
ナゴヤドームは震度7以上の地震にも耐えられるように設計されておりますので、ドームそのものが災害時の一時避難場所、指令所、そして食糧品や衣料品の備蓄基地などの防災拠点にもなります。大分県のサッカー場も防災拠点としての機能を持たせています。今後のドームにはそういう機能が必要と思います。
――防災のためにドームのなかに備蓄スペースを設けるわけですね
最上
スタンドの下が開いているので、備蓄倉庫と考えていただいてもおかしくない。災害時に市民が安心できる施設があると、市民の意識はかなり違ってきます。地面は人工芝なので、そのまま寝ることもできます。ドームは他の建築物より耐震性が上回っており、通常1.25倍といわれていますが、2倍近い耐震性を持たせてもいいでしょう。
――機能性も広がってくるわけですね
最上
スポーツ・レジャーの多目的施設から生産施設、さらには防災拠点としてもドームは有望といえるでしょう。

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