<1997年1月>

interview

住工混在、下町情緒が残る寅さんの舞台

災害に強い街づくり推進

東京都葛飾区長 青木 勇 氏

青木 勇 あおき・いさむ
昭和9年11月16日生まれ、東京都出身、中央大学法学部卒
昭和36年葛飾区役所勤務
昭和46年葛飾区第三出張所長
昭和49年企画室副主幹(事務移管準備担当)
昭和50年厚生部国民年金課長
昭和51年教育委員会事務局学務課長
昭和52年選挙管理委員会事務局長
昭和56年企画部企画課長
昭和57年企画部予算課長
昭和60年企画部主幹(予算課長事務取扱)
昭和61年企画部長
平成元年総務部長
平成 3年厚生部長、助役
平成 5年区長に初当選
東京都23区のなかで最も東に位置するのが葛飾区。かつての田園地帯も急速な都市化が進み、現在の人口は約43万人。いまや国民的映画になった故・渥美清氏の『寅さんシリーズ』の舞台でもある柴又帝釈天、道産子歌手・細川たかしの大ヒット曲『矢切の渡し』などでお馴染みの葛飾区は、今も下町情緒が生きており、同じ東京でも山の手や都心とは雰囲気が一味違う。半面、住宅と工場が混在し都市基盤の整備が立ち遅れているなど区が抱える課題は多い。青木勇葛飾区長に街づくりについて語ってもらった。
――葛飾区の都市像や、これからの街づくりについて、どのようなデザインを描いていますか
青木
ご承知のように、葛飾区は東京23区の一番東に位置し、埼玉県や千葉県との県境と接しています。区内には一級河川が6本も流れ、行政区域34.84km2の3割が海抜ゼロメートル地帯なのです。人口は約43万人。かつての田園地帯が急速に都市化してきましたので、都心にはない特性があり、都市基盤整備の面でいろいろな課題を抱えています。
20年ほど前までは下水道も満足に整備されていませんでしたが、お陰様で今日では下水道の普及率もおおむね100%になりました。また、関東大震災以降に墨田区や江東区から小規模の工場が次々と移転するなどして一時期は8千か所以上もありました。現在も都内では大田区に次いで二番目に多く「住工混在」が葛飾区の一つの特色と言えるでしょう。川の街であり、また、中小企業の街でもあります。
――自然環境に恵まれているのは葛飾区の財産ですね
青木
そうです。都立の水元公園は61haと、都内で三番目の広さです。ただ、アクセスが悪く、一般にはあまり知られていませんが、ここを初めて訪れた人はだれでも感嘆するようです。
昔の農業用水や溜め池を取り込んだ21haもの水面があり、水郷情緒の都市公園は都内でもここだけです。キャンプ場、冒険広場、バードサンクチュアリー、水質浄化センター「水元かわせみの里」など自然を実際に体験できる施設が充実していますし、5万株の花ショウブ園は都内では最大のものです。これも自然環境の恵みと思っています。
――住民の気質はいかがですか
青木
山の手に比べて下町気質(かたぎ)というのか、気取ったところがなく、葛飾区柴又が舞台となっている映画の寅さんシリーズのように、まだ人情味が色濃く残っていますね。こうした人情味と遅れている都市基盤の整備とをミックスした街づくりを進めたいと思っています。
――まちづくりの政策的な課題について伺いたい
青木
一昨年の阪神淡路大震災で改めて都市の災害対策の重要性がクローズアップされましたが、住工混在の葛飾区は都市基盤が未整備のまま発展してきた側面があり、特に道路の狭あい化が悩みです。住民も危機感を持っています。葛飾区の道路率(総道路面積を行政面積で除した値)は23区中20番目、12%強しかないので、下水道の次は道路整備が緊急の課題です。
地盤も軟弱のため地震が起きると区内の35%は液状化現象の危険性が指摘されていますが、防止の決め手となるとなかなか難しい。神戸市長田区も過密な環境が被害の拡大につながった面がありますので、当面は狭あい道路を解消し街並みを整備するなど災害に強い街づくりを積極的に推進する方針です。
合わせて産業の振興も区としての重要な施策になっています。葛飾区はメッキ、プレス、ゴム工業などを中心に従業員10人未満の小規模事業所が多く、大半がメーカーの下請けです。最近は生産拠点の海外移転、つまり産業の空洞化が進み、これらの下請けにだんだん仕事が回ってこなくなっている傾向があります。災害対策と同様、中小企業の活性化は避けて通れない課題です。
――葛飾区も住民の高齢化が進んでいると思いますが
青木
全国的な現象ですが、葛飾区も65歳以上の高齢者が人口の13.5%を占めています。最終的には25%になると予想しています。その意味では福祉関係の課題も大きいですね。
高齢化は裏返せば少子化ということです。この10年で葛飾区も子どもが22%ほど減少していますから、青少年の健全育成にも積極的に取り組む必要があります。
――住宅と工場群が混在している一方、自然環境にも恵まれているので、バランスが取れているわけでは
青木
バランスが取れているという見方もあるでしょうが、住工混在は街として“危ない街”といった見方もあり、さまざまです。
われわれとしては職住近接といいうのか、区外へ働きに出るベッドタウンというより、区内に生活の場と仕事の場があるのは、いい特性の一つと思いたいですね。
――防災面から地域を整備していくとなると、交通体系の整備や再開発にも取り組むということになりますね
青木
葛飾区の交通動脈は総武線、常磐線、千代田線、京成線といずれも東西方向、都心に向けての流れしかないので、南北の交通を確保する必要があります。また、駅前などの面的な再整備はこれからの課題です。
24、5年前にスタートしたJR亀有駅前の再開発がこの4月から5月にかけて完成したところです。大手スーパーがキーテナントになりました。これが本区の第1号の再開発です。
一方、JR新小岩の旧国鉄操車場跡地10haの整備は、バブル崩壊で民間の再開発の意欲が減退し、極めて難しい情勢になっています。
亀有駅前とは異なる形で整備することになるでしょう。
――産業政策に関しては
青木
これから中小企業の生きる道は少数の、個性的で独創的な商品開発なり、技術開発が求められると思います。各種の融資制度の拡充や新製品開発の研究費助成など、区としても企業の自助努力を盛り上げるよう側面的な支援に努めています。
区が支援している異業種交流グループの中から雨水再利用のタンクを開発し、モニターを始めたという事例も出ています。
――高齢者対策には、どのように取り組んでいますか
青木
現在、43万区民のうち65歳以上が13.5%、58,000人。そのうち寝たきりの方が2,800人います。これだけ高齢者が増えてくると特別養護老人ホームなど施設整備にも限界がありますので、在宅でいかにケアするかが問題です。ホームヘルパーの増強、訪問看護ステーションの整備、掛かりつけ医師システムなど在宅福祉・在宅医療を推進する方向で取り組んでいますが、その半面、核家族化が進み日常的に介護に当たる家族が身近にいないなどの問題もあり、併行して施設整備もまだまだ必要です。
現在、特別養護老人ホームは区立が2か所、社会福祉法人立が2か所の4か所で対応していますが、ベッド数が不足しており、約500人の待機者がいるのが現状です。区と社会福祉法人でさらに2か所ずつの設置を計画しています。
区営住宅は単身でも入居できる高齢者向けを中心に建設しています。住み込みの管理人を置き、万が一風呂場などで具合が悪くなっても管理人室に知らせる警報装置を付けたり、しばらく人の動きがない場合は管理人室にサインがついて見に行くなどソフト部分のシステム化が欠かせません。
――少子化ですが、子育ては個人、個人の領域なので、行政としては手を出しにくい面はありますね
青木
そうですね。私の少年時代は身近な所に原っぱがあって、遊ぶ場所に事欠くことがなかった。年齢に関係なく皆で遊ぶ習慣があって、自然に年上の子が年下の子の面倒を見ることを学んだと思います。いい意味での主従関係でした。
いまの子どもは受験競争のせいか横並び意識が強い。そこで、新宿(にいじゅく)に造成中のプレイパークには滑り台、砂場、ジャングルジムといったお仕着せの遊具は一切置かないことにしたのです。そういう環境の中で自分たちで遊びを考えるよう自主性を高めさせる一助になればと考えています。
――最後に自然環境の保全について区長の考えをお聞かせ下さい
青木
本区はもともと田園地帯でしたので、樹木はそれほどなかったのです。民家や工場などは過密状態で狭い敷地に建てていますので、木を植えるまでの余裕がありません。緑化となるといきおい公共用地を活用するしかありません。
かつての水路(総延長293キロ)を埋め立てる際、街路樹を植えたり、水に親しめる公園にするなど緑化や公園づくりには積極的に取り組んでいます。
かつて土手には桜並木がつきものでしたが、土手が痛むということで堤防の改修に伴って桜並木が次々と姿を消しています。いま柴又の江戸川河畔にスーパー堤防の整備と合わせて桜並木を造成中です。
柴又は今は亡き国民的スターの渥美清さんが演じ続けた映画『寅さん』の発祥の地なので、堤防の下に映画のセットを持ち込んだ「寅さんセンター」を設置する計画も進めているところです。荒川では自然公園づくりも手掛けています。
また、廃棄された冷蔵庫からフロンガスの回収を昨年から区の事業として始めましたが、環境保全とは新しく創り出すものと、いまある自然を守るものと両面から取り組むことが必要だと思っています。

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