〈建設グラフ1999年1〜2月号〉

interview

農業・農村基盤の多面的価値の総額は6兆9,000億円

農林水産大臣  中川昭一 氏

中川昭一 なかがわ・しょういち
昭和28年7月19日生、東京都渋谷区出身
本籍:北海道広尾郡広尾町
選挙区: 北海道 第11区 (旧第5区)
【学歴】
昭和 41年 3月 新宿区立落合第一小学校卒業
昭和44年 3月 私立麻布中学校卒業
昭和47年 3月 私立麻布高等学校卒業
昭和53年 3月 東京大学法学部政治学科卒業
【職歴】
昭和 53年 4月  株式会社日本興業銀行 入行
昭和58年 2月  〃    退行
昭和58年 12月  衆議院議員 当選 (1期)
昭和58年 12月  衆議院大蔵委、地行委、沖北特委各委員
昭和60年 8月  衆議院安保特委委員
昭和61年 7月  衆議院議員 当選 (2期)
    〃  衆議院大蔵委理事
昭和63年 12月 衆議院沖北特委理事
平成元年 1月  法務部会、入国管理政策小委員長
平成元年 6月     農林水産政務次官
平成元年 8月     〃    (再任)
平成 2年 2月   衆議院議員 当選 (3期)
平成 2年 3月   衆議院農水委理事
       〃 北海道開発審議会委員
       〃 繭糸価格小委員長
       〃 自民党青年局長、党青年対策特別委員長
平成 3年 1月 衆議院議運委理事
     〃 自民党国防部会長代理
     〃 自民党地方組織総局長、国際局長代理
平成 3年 3月 自民党林政基本問題小委員長
平成 3年 6月 自民党国際社会における日本の役割に関する特別調査会起草委員
平成 3年 9月 衆議院国際平和協力(PKO)特委理事
平成 3年 11月 衆議院大蔵委筆頭理事
      〃 自民党全国組織委員長代理
平成 5年 1月 衆議院予算委理事
     〃 自民党文化局長
平成 5年 7月 衆議院議員 当選 (4期)
平成 5年 8月 衆議院農水委筆頭理事
     〃 自民党農林部会長
平成 6年 7月 自民党総合農政調査会米価小委員長
     〃 〃       農業基本政策小委員長
平成 6年 9月 連立与党農林漁業プロジェクト・チーム委員
平成 6年 11月 衆議院WTO特委理事
平成 7年 1月 連立与党税制改革プロジェクト・チーム幹事
     〃 自民党政務調査会副会長
     〃 自民党税制調査会幹事
     〃 自民党団体総局財政関係団体委員長
平成 7年 6月 連立与党金融・証券プロジェクト・チーム(住専問題)委員
平成 7年 9月 衆議院逓信常任委員長
平成 8年 10月 衆議院議員 当選 (5期)
平成 8年 11月 自民党副幹事長
平成 9年 9月 自民党北海道支部連合会長
     〃 自民党行政推進本部財政改革委員長代理
     〃 自民党総務会長代理
平成10年 7月 農林水産大臣
議員生活15年を迎え、中川昭一衆議は農林水産大臣に就任した。第一次産業は新農業基本法施行、林野会計赤字問題、漁業資源管理などの課題を抱えているが、基本的には自給率の向上により、食糧安保体制下からの脱却・自立を目指す方向にある。そのためには、農政、林政、漁政とともに第一次産業基盤の整備にも手を抜くわけにはいかない。特に第一次産業基盤は、単なる生産手段としてだけでなく、自然環境保護や防災など多面的な機能があり、産業基盤であると同時に生活基盤としての価値も持つ。中川大臣は、その多面的機能と価値の重みを強調している。
――代議士として15年目を迎えましたが、セレモニーなどは計画されていますか
中川
いえ、特に考えてはいません。大臣に就任した際、地元で祝賀会をしていただき、牛乳で乾杯しました(笑)。私としては、それが一つの大きな区切りとなり、それで十分なのです。
――一口に15年といっても、継続するとなると大変なことです。その間には、強く印象に残っている政治的場面が多数、あったことでしょう
中川
そうですね、ウルグアイ=ラウンドは残念ながら不満足な結果になりましたが、党の農林部会長としての結論は出しました。ゴルバチョフ大統領に面会した際には、北方四島との交流の必要性を主張しましたが、真剣にそれを聞いてくれた彼の表情は、今なお忘れません。とにかく、アッという間の15年間でしたね。
これから先の15年はどうなるのかといえば、想像もできません。この10年間はバブルの膨張と不況による収縮の時期となりましたが、どちらも実態を正しく反映しているとは思えません。
ただし、崖っぷちに立たされた今日の日本経済を支えているのは農村部です。平成5年の大冷害を除けば、苦しいながらも必死に頑張っているわけです。
――アメリカのゴア副大統領と親好を持たれていますが、どのような出会いがあったのですか
中川
特別に親しいというわけでもないのですが、私の顔と名前は、彼も認識していると思います。91年の春に渡米した際、ある人物から若手の優秀な上院議員がいるとのことで紹介されたのが最初です。
彼は、環境問題にとても精通していました。当初は15分間のつもりで面会したのですが、経済問題を中心に1時間も議論をしました。それ以来、公式、非公式ともにワシントンを訪れた際には交流するようになったのですが、2回目に会った時には、すでに副大統領に就任していました。
彼は92年の大統領選に意欲を持っていましたが、ご子息が交通事故に遭ったことから、家族を大事にし、家庭を最優先したいとの思いから出馬を辞退し、その結果、大統領選はクリントン−ゴアのラインで戦うことになりました。
彼の父親は、50年代にフリーウエイを全米に張り巡らす原動力となった有名な上院議員ですが、二世となる彼の時代には、情報通信のスーパーハイウエイを造るべく取り組んでいます。その意味でも、優秀でアグレッシブな二世議員として、私は親近感を持っています。現時点では民主党の唯一の大統領候補といえるでしょう。
――環境問題では、どのような意見交換が行われましたか
中川
彼は、環境問題に関する著作も発表しており、オゾンやフロン問題に触れながら、「このままでは地球がおかしくなる」、「日本もアメリカも経済大国である以上、環境問題についてもリーダーシップを取るべきだ」と力説していたことが印象に残っています。
私はその当時、中国の黄砂が問題になっていたので、「隣国たる中国の問題については、日本としても大変迷惑している」と話した記憶があります。今回の揚子江大水害でも、流木が鹿児島にまで流れてきたほどですから、環境の面でも日本にとって中国の影響は大きい。現在、中国は超スピードで工業化を推進していますが、コストのかかる環境対策は二の次にしているとの印象があります。
――第一次産業も自然環境とは無縁ではありませんが、環境問題に対する基本的なお考えは
中川
日本は国土の6割が森林で、2割近くが農地です。その8割近い農山漁村が日本の国土保全や環境保全のためにどれだけ役に立っているかを、もっと理解していただきたいものです。
細長い国土の背中に3,000m級の山並みが連なっており、今年は史上最悪の水害に見舞われましたが、平年なら年間2,000ミリの雨が降っても、水管理ができるのは、治山・治水や農地基盤がしっかりしているからです。
第一次産業基盤は、農作物や木材を生産しているだけでなく、下流の人達が安心して暮らせるように、川上を守っていることを理解してほしいですね。
――特に平成10年は、台風や洪水で深刻な農業被害が出ました。このため、改めて第一次産業基盤の整備が、単に生産基盤としてだけでなく、国土保全の上でもその重要性が再認識されたのでは
中川
そうですね。生産基盤の整備が国土保全のために重要であることも踏まえながら、例えば洪水防止や土砂崩壊防止などの多面的機能の向上にも役立つ中山間地域の整備に努めてきたところです。
また、人家、公共施設などに災害を及ぼす恐れのある老朽化した「ため池」の整備や、農地を含めた地域の排水改良を行う農地防災事業などの実施にも努め、周辺地域の安全性の向上にも貢献してきております。
――具体的に、農業基盤整備によって周辺地域の安全度が向上した事例は
中川
このような事業を実施したおかげで、周辺地域の災害被害額が減少したケースがあります。
たとえば現在、老朽化によって漏水や決壊などのおそれがある「ため池」は、全国に約2万3,000カ所に上り、その受益面積は26万ha、貯水量は93億トンにも及んでいます。
それらのため池の下流部には、人家や公共施設なども数多くあり、豪雨や地震などによって決壊すれば、多数の尊い生命、貴重な財産が失われるおそれがあるのです。
一カ所のため池を整備することで、推定ですが約4,600万円相当の農作物と農地の被害防止が図られると同時に、下流の尊い生命や財産が保全されるのです。
――農業・農村基盤のもつ多面的機能は、決して軽視できるものではありませんね
中川
そうです。洪水の防止、水資源のかん養、土壌侵食の防止、土砂崩壊の防止だけでなく、有機性廃棄物の処理、大気の浄化、気候の緩和といった国土・環境を保全する役割や、緑や景観の提供など国民に保健休養を与える効果は大きいものです。
こうした多面的機能は、直接的な市場経済での収益性は期待できませんが、広範にわたって公益的な役割を果たしていることを考慮するなら、これを適正に評価し、国民の理解を深めるとともに、その機能が十分に発揮されるよう、国民の支援と参加を得ながら食料・農業・農村政策の各施策を実施することが必要です。
この場合、各地域を通じて計画的な土地利用を基本とし、その下で生産・生活両面にわたる基盤の整備を進めることを共通の政策的方向とすべきです。
同時に、中山間地域、平地地域、都市近郊地域など、それぞれの地域の特色と実情に応じた施策を講じることにより、農業・農村の活性化を図ることが重要です。
日本の農業は国際化していく一方で、内部には農村の過疎化・高齢化などの問題を抱えています。そこで、農業生産の効率化のためにも生産基盤の整備や、立ち遅れた農村の生活環境の整備などを今後とも引き続き行うことが必要です。
――本州は、平地面積に限りがあるため、中山間地域での営農が多く見られます。そうした地域への公的支援のあり方は
中川
これまで述べてきた農業基盤の多面的機能は、河川の上流域に位置する中山間地域などで特に発揮されます。このことを都市住民はもっと自覚すべきです。
これを踏まえながら、中山間地域の維持・活性化を図るため、平地地域とは異なった施策を構築する必要があります。
中山間地域などの立地条件を活かした特色ある農業・林業・地場産業の展開を支援し、あわせて国土・環境保全などの公益的な諸価値を守るという観点から、公的支援策を講じることが必要です。
なにしろ、本来の食料の生産機能とともに、再三述べてきた洪水防止、水資源かん養、土壌侵食・土砂崩壊防止などの多面的な機能を代替法によって評価するなら、年間約6兆9,000億円、うち中山間地域の評価額は実に約3兆円と試算されるのです。
――今回は林野、漁港についてお聞きします。特に昨年の台風は数こそ少なかったものの、被害は例年になく大規模となりました
中川
日本は地形が急峻で、河川が急勾配です。また地質が複雑で脆弱ですから、雨水は一気に海まで達し,土砂災害や水害が発生しやすいという特徴があります。
森林は、雨水を地中に浸透させ徐々に河川に送り出すことにより、災害の防止や水資源をかん養する機能を発揮しています。わが国の森林面積は、国土の約7割を占めていますが、こうした森林のもつ公益的機能は、山村地域はもとより下流域の農業生産者や都市住民の生活の安定や、災害に強い安全な国土づくりに欠くことのできない重要な役割を果たしています。
このため、流域を基本的な単位に公益的機能の発揮を重視した森林整備を進めることが重要です。この「流域管理システム」の下で、林道などの基盤整備をはじめ、植林,保育,間伐を計画的に行い、森林の公益的機能確保に努めるということです。
――森林のもつ公益的機能について、さらに詳しく伺いたい
中川
国土面積は3,778万haで、そのうち2,515万haが森林です。この森林は、木材資源であることはもちろんですが、この他に国土の保全、水資源のかん養、そして自然環境の保全・形成などの機能を有しており、これも「公益的機能」といいます。
林野庁で昭和47年に評価した金額は、年間約12兆8,200億円で、平成3年時点に換算すれば、年間約39兆2,000億円となっています。
――治山・林道整備は、その機能を維持または高める目的で行われるものですね
中川
そうです。水資源をかん養したり、国土を保全したりする機能を高度に発揮するためには、複層林施業、長伐期施業の推進などにより、いきいきとした森林を造っていくことが必要です。このことが良質な水の安定供給や安全な国土基盤の形成、また、森林と人との理想的な共生関係を構築することにもなるのです。
もちろん、優良な木材資源を造っていくためにも重要です。形状・材質ともに優れた木材を安定的かつ効率的に供給するためには、適時適切に森林の手入れが必要ですが、このためにも、林道などの基盤整備は不可欠です。
そして、農山村の活性化です。農林業に携わって生きる人々のために、集落道、集落排水施設など、山村の定住基盤の整備も決して疎かにはできません。
――そうした考え方は、水産基盤にも共通するものですね
中川
水産基盤の整備は、防波堤、消波堤、岸壁など漁港・漁場の整備が主流ですが、これらの施設は波を遮蔽するため、背後集落の津波・高潮対策としても重要な役割を担っています。
特に、漁港は漁業生産活動の基盤であるとともに、漁村地域を支える重要な生活基盤でもあるのです。また、漁港は災害時の防災拠点ともなりますから、耐震強化岸壁や漁村における岩盤崩落対策、避難路などの整備を進めているところです。
――そうした多面的にして公益的な機能を農・林・水それぞれの基盤が持っているのに、その整備に対して世論の批判があります
中川
確かに、公共事業全般にはムダが多いとの批判があります。しかしながら、灌漑排水事業にしても、これを実施することで水管理がきちんと出来ます。昨年の大水害でも、山の植林ができていた所は、被害も最少で済みました。
もし山が荒れていれば、もっと大きな被害が出ていたことは容易に想像できるはずです。
――ところで、食料の自給率についてお聞きします。特に、政府備蓄米はかなりの余剰があるとのことですが、それでいて諸外国からは輸入圧力がかかっています。これ自体に矛盾を感じますが、同時に、日本の国としての自律性を考えた場合、いわゆる食料安保のカギをいつまでも他国に握られているのは得策ではないと思えます。したがって、いざという場合に他国の内政干渉や経済制裁などに対抗できるよう、自給率を極力上げておくべきではないでしょうか
中川
国際関係が絡むので微妙ですが、食料と世界の人口とは非常にアンバランスです。現在、世界で8億4,000万人が飢餓状態にありますが、それが今後はさらに増える可能性もあります。確かに、諸外国には食料をもっと輸入せよと、わが国に注文を付けるところもありますが、全ての食料を自給するのは難しいにせよ、現実にはコメは余っているのです。
今年も日本は、海外に約90万トンの政府米を援助していますが、国内で消費する食料は自ら生産し、余裕があれば外国に援助する。これは世界的に見ても極めて合理的といえます。
――国内の米の消費量は、日本人の食生活の変化や多様化によって顕著に影響を受けています。しかし、日本は紀元前に渡来人によって農耕技術を伝授されて以来、伝統的に農耕・米食民族ですから、「米」または「米食」というものにもっと特殊なこだわりを持っても良いと思います
中川
日本は世界一の長寿国です。欧米と比べても、日本人に心臓病が少ないなど、日本型の食生活が外国からも見直されています。日本食はパン食より調理に手間がかかりますが、その「手間」にこそ意味があると、私も思います。
――さて、2001年には中央省庁の再編が控えていますが、農林水産省の合併、統合は免れました。わが国の自律性から見ても、農林水産政策は決して片手間でなし得るものではないと思いますから、独立官省として残るのは正解だと思います
中川
確かに、農水省は再編の対象にはなっていませんが、組織機構がなぜ変わらないのか、私たちはその重要性を認識することが大切です。
――政策決定の過程において、与党・自民党政調会の農林部会は大きな役割を果たしていると思いますが、どのような議論をしているのか、国民には見えにくいところがあります
中川
日本は議員内閣制ですから、与党の政策審議は重要です。例えば、食糧基本問題にしても、まず政府としての政策を提案し、今後、この政府案を原案に与党が議論していきます。これが一般的な政策決定への流れではありますが、かといって何でもこのパターンで良いとは言えません。
特に農業となると、例えば道路を一本挟んでいるだけで作柄が違うこともあるわけで、農業自体が極めてデリケートですから、慎重に扱わなければなりません。また、担い手対策にしても、北海道と沖縄では条件が全く異なります。それだけ農林水産行政は、きめ細かく政策を展開していかなければならないのです。
したがって、国が上から政策を押し付けるのではなく、本当は地方自治体から問題点の指摘やアイデアの提供を期待したいのです。
――大臣の膝元・北海道では、食糧供給基地としての方向性を公言していますが、首都周辺には千葉県、群馬県、栃木県など、優秀な農業県も存在します。北海道農業は、どうあるべきでしょうか
中川
大規模専業で基幹作物を作ることは、今後ますます重要になってきます。北海道は気象条件が厳しく、運賃コストが若干かかるなどの問題点はありますが、広大で優良な農地が、北海道には多くあります。
そのため、農家にはとにかくインセンティブ(意欲)を持ってもらわなければなりません。そのために、私たちもいろいろな政策を実施していますが、まだまだ悩みもあります。そして、インセンティブを持ってもらうための一つが、今回の新農業基本法ですから、ぜひともなし遂げなければならないと思っています。
――農林水産大臣として在任しているうちに、これだけは実現したいと思う独自の政策は
中川
大臣拝命の際、小渕総理からは農業基本法と日韓漁業交渉、国有林野の抜本的改革に取り組むよう指示を受けました。国有林野は法案が可決したので、スムーズにスタートさせたいと思います。日韓漁業交渉は、決して満足できる内容ではありませんでしたが、これはお互いさまなので、漁民の皆さんが安心して漁に専念できるよう配慮しなければなりません。農業基本法については、党ともよく相談して来年の通常国会に法律案を上程したいと思っています。
これらの基本的な課題とは別に、私は現場の生の声を政策に反映したいと思い、職員4万6,000人に手紙を出して、各自が直接担当していない分野に関してもアイデアを出して欲しいとお願いしたところ、1,600通の返事をいただきました。その中には北朝鮮のミサイル監視に、漁船を積極的に活用してはどうかとの意見がありました。漁船からミサイルが見えるのかは疑問ですが、農水省の職員が国防のことまで考えてくれていることには率直に感激しました。考えてみれば全国の漁船のネットワークを生かすのは、偵察衛星の活用と並んで大事なことかも知れません。
また、農村の人を東京都内の学校に招いてイネについて講演してもらうというアイデアもあり、これも良い発想だと思います。第一次産業の施設や人材を多角的に活用していくことも、これからの政策づくりには必要だろうと思います。

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