〈建設グラフ2000年3月号〉

寄稿

次世代に向けた下水道事業の展開―東京

東京都下水道局 計画部総合計画課長 小川健一 氏

小川健一 おがわ・けんいち
昭和 52年 東京都入都
平成 元年 港湾局副参事
8年 下水道局計画部施設計画課長
10年 同事業計画課長を経て、現職
1.変革期にある東京の下水道

かつて東京では、人口の集中、産業活動の活発化等により、河川、東京湾等の水質汚濁が急速に進行し、隅田川においては「死の川」とまで呼ばれるほど水環境は深刻な状況であった。
都では、これまで下水道の普及促進を重点的に進めてきたことにより、平成6年度末、23区では100%普及を概成し、快適な生活が享受できるようになるとともに、公共用水域の水質汚濁も改善されてきた。
一方、時代の移り変わりとともに、下水道の果たす役割は、汚水の排除・処理による生活環境の改善から浸水防除、水環境の創出、資源・エネルギーのリサイクル等、拡大してきている。
また、東京の下水道は、他の都市基盤施設に先駆けて老朽化の問題に直面しており、次世代の都市のあり方を踏まえた適切な対応が必要となっている。
しかし、100%普及を概成し、従来のような料金収入の伸びは期待できず、さらに下水道需要構造の変化等により、今後の財政見通しは厳しい。このため局では、従前以上に経営的視点を強化した事業展開を図るため、昨年4月に経営管理会議を立ち上げ、将来の財政状況、組織構造を踏まえた検討を進めている。
より快適で、環境負荷の少ない東京を次世代に引き継いでいくために、下水道の持つ幅広い可能性を都市の中に最大限活かせるよう事業展開を図っている。

7つの課題と基本目標

施策の方向
下水道での取組み

平常時の水循環

水の利用( 概ね10 年に1 回の渇水でも、安全でおいしい水を平常通り供給できる都市)

多様な水源の確保

水の有効利用
○下水再生水の利用( 広域循環)

水道水質の向上
ふだんの水の流れ( 生態系の保全に必要な普段の流れがある都市 )
地下水かん養量の増大
○雨水浸透施設の整備

自然流量の確保

人為的な水量の確保
○下水再生水を活用した清流の復活
水辺の潤い( 人々が集い、安らぐことのできる個性豊かな水辺があり、水文化が継承・復活された都市 )

水辺の復活・再生

水辺景観・親水性向上

生態系の保全・回復

水文化の再生
きれいな水( すべての水域の環境基準が達成された都市 )

下水道整備・再構築
○高度処理○合流式下水道の改善 ・下水道の普及、再構築
発生源対策の充実
直接浄化対策

有害化学物質対策
・環境ホルモン、ダイオキシンへの対応
水の持つ熱エネルギー( 水のもつ熱エネルギーを活用した環境保全型都市 )

下水・河川水の熱利用
・下水の熱利用

都市緑化の推進

異常災害時の水循環

浸水被害の防止( 概ね15 年に1 回の降雨でも浸水被害が生じない都市)
総合治水基本計画 ( 仮称) の策定
河川整備
下水道整備
○管渠、調整池等の整備
流域における雨水対策
大規模災害時の水( 災害発生時においても必要な水が確保され、水による危機が生じない都市 )
地下水の利用
河川表流水の緊急利用
雨水の利用
下水再生水の活用
○下水再生水の消防用水等への利用
簡易浄化システムの導入検討
多くの人が訪れるお台場海浜公園
2.良好な水環境の創出

東京では、都市の過密に起因した水に関わる多くの課題を抱えている。都ではこうした課題を総合的視点から効果的に解決するために、昨年4月に水循環マスタープランを策定した。下水道をはじめ都市計画、河川等、統合的な事業展開を図るため、現在、本プランの効果的な実施に向け、条例化も含めた検討を全庁的に進めている。
隅田川や都の中小河川では、平常流量の半分以上は下水処理水により賄われている。神田川においては実に9割を占める状況にある。また、東京の都市活動を通じた水のほとんどは東京湾に集まり、東京湾の水質環境基準はcod、窒素、リンともにほぼ大半が未達成である。さらに、窒素・リンに起因する赤潮の発生は、毎年100日にも及んでいる。東京の水環境の向上を図る上で、下水処理の水質の向上は不可欠である。水循環マスタープランでも、高度処理の推進、合流式下水道の改善が重点事業として位置づけられている。
現在の高度処理の整備状況は、砂ろ過施設で55万F/日(落合処理場が45万、東尾久浄化センター10万F/日)、a2o(嫌気−無酸素−好気法)および生物膜ろ過施設で3万F/日(有明処理場)を整備したところである。この量は、総処理水量の1割程度であるが、将来的には全量高度処理を行う予定である。
また、23区で約8割を占める合流式下水道では、降雨時に吐口から越流する汚濁負荷の高い下水が問題となっている。合流式下水道の改善として、管渠の遮集量を2倍から3倍に引き上げる3q化対策、及び降雨初期雨水の貯留池の整備を進めている。将来的には、合流式下水道からの汚濁負荷を分流式のレベルにまで削減する予定である。

降雨時における吐口の状況
3.下水処理水の利用

東京で使用する水のほとんどは他県に依存しており、概ね2年に1回の頻度で給水制限(水圧の低下等により水の使用量を制限)をせざるを得ない状況にある。多様な水資源の確保と用途に応じた無駄のない水利用が大切であり、下水再生水は都内の貴重な水資源でもある。現在、ビルの水洗トイレ用水等の広域循環利用、清掃工場の冷却・散水用水、中央卸売市場の施設洗浄用水、また枯渇した河川の清流復活用水等、総処理水量の約8%に当たる日量36万Fを有効に活用している。
広域循環では、西新宿・中野坂上地区、臨海副都心地区、品川駅東口地区、及び一昨年10月に新しく供給開始した大崎地区の計4地区に日量21,000Fの供給能力を確保している。下水再生水を供給する建物のトイレには、再生水prシールを貼り、30を超えるビルの建物所有者と連携して循環型社会づくりを進めている。現在、都心部における大規模な業務ビルが更新時期を迎えつつある。今後、こうした機会を捕らえ処理水を有効に活用する都市への転換を促していく。

4.都市の再生


都市基盤施設の老朽化対策が、今後、都市の大きなテーマとなる。下水道では、都心部に占める耐用年数50年を超える管渠の割合は8割にまで達している。区部全体では、老朽化した管渠の延長は2,000qにものぼり、老朽管の破損に起因する道路陥没は年l,300件にも及んでいる。都では早急に整備しなければならない都心地区約8,000haを対象として、本格的に整備をはじめたところである。
整備にあたっては、更新需要の集中を避けるためライフサイクルコスト分析により経済的耐用年数を設定し、事業の平準化を図っている。テレビカメラによる管渠内調査や新技術による管渠更生工法などを活用し、既設管渠をできるだけ有効に活用しながら計画的、効率的、経済的な再構築を進めている。
より安全で効率的経営に寄与する下水道システムヘの転換を目指し、処理場・ポンプ所の施設再構築に合わせた震災対策を施すとともに、光ファイバーケーブルを利用した遠方監視制御・運転管理、情報の統合化等、施設の高度化による維持管理の効率化を図っていく。

老朽化管渠の再生工法(自由断面spr工法)
5.次世代に向けた新たなる展開

本年7月に、落合、中野、有明の3処理場にて、is014001の認証を取得した。局では、下水道事業から排出される環境負荷を継続的に削減し、かつ効率的な経営を実現するために、環境マネジメントシステムを活用している。また、建設部門での環境マネジメントシステムの導入も検討しており、将来的には下水道事業全体としての本システムの構築も考えている。
財政状況の厳しい中、幅広い可能性を持つ下水道事業を進めていくためには、都民の理解が不可欠である。このため、下水道の成果をわかりやすく都民に実感してもらえる評価指標も検討している。
次世代の水環境を支える基盤施設として、今後とも効率的な事業の展開を図っていく。


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