〈建設グラフ1998年6月号〉

寄稿

建設市場の国際化について

建設省建設経済局 建設業課建設市場アクセス推進室長 森 功一 氏

森 功一 もり・こういち
昭和32年生まれ、昭和55年東京大学(法)卒
昭和61年農林水産省出向
昭和63年在シンガポール大使館書記官
平成 3年建設経済局建設業課課長補佐
平成 5年同局調整課課長補佐
平成 7年水資源開発公団用地部補償調整課長
平成 9年現職
はじめに
WTO政府調達協定が平成8年(l996)1月1日に発効してから、2年が経過した。国、政府関係機関、都道府県及び政令指定都市の調達する協定の基準額以上の建設工事、設計・コンサルティング業務には同協定の適用があり、多くの発注者が同協定に従った調達を既に経験しているものと思う。
また、外国企業が落札する例も見ることができるし、最近では、米国のオーバーシーズ・ベクテル・インコーポレーテッド社が単体で、協定対象の建設工事の落札に成功した。このような状況も含め、我が国建設市場の国際化の流れを簡単に御紹介してみたい。
建設市場の国際化の流れ
我が国の建設市場は、従来から制度的には内外無差別なものであったが、実際の外国企業の参入はあまりなかった。昭和61年(l986)に米国政府が、関西国際空港プロジェクトの調達手続について国際競争入札を要求したことを契機として、我が国建設市場への外国企業の参入が本格化した。
左記ベクテル社が建設業許可を取得したのも、昭和62年(1987)9月のことである。
日本政府は、外国企業が我が国の建設市場に習熟することを促進するため、昭和63年(1988)5月、「大型公共事業への参入機会等に関する我が国政府の措置について」(MPA:Major Projects Arrangements)を閣議了解した。
17の大型プロジェクトについて、その入札手続に公募性をもたせるなどの特例措置を講じた。
また、建設省において、MPAの実施及び外国企業の我が国建設市場へのアクセス推進を図るための組織として、建設経済局建設業課内に建設市場アクセス推進室が設置されたのもこの年である。
その後、平成3年(1991)、MPAの対象に、新たに17のプロジェクトと6つの将来プロジェクトが加えられたが、このMPAの措置は対象となるプロジェクトも限定されており、外国企業が我が国の建設市場に習熟することを目的とした特例的なものであった。
このような中、国際的には、政府調達協定の改定交渉が進んでいたこと、米国において我が国建設市場の閉鎖性を理由にした制裁措置の発動手続が始められたこと、国内的には入札手続をめぐる不祥事が発生したこともあり「不正の起きにくい」制度が要請されたことを背景として、我が国における入札・契約手続の改革が進められることになった。
平成5年(1993)12月の政府調達協定改定交渉の実質的妥結、同月の中央建設業審議会建議を受けて、平成6年(1994)1月18日、質の高い公共事業を確保しつつ、入札・契約手続の透明性・客観性及び競争性を高め、内外無差別の原則の徹底と入札・契約手続を国際的にみてもなじみやすいものにすることを目的に、「公共工事の入札・契約手続の改善に関する行動計画」が閣議了解された。
その後、平成8年(l996)1月1日からWTO政府調達協定が発効する―方、同年6月に「行動計画」の運用指針が策定され現在に至っている。
MPAが決定された昭和63年に建設業許可を有する外国法人及び外資系日本法人(外資50%以上)は34社であったが、平成9年(1997)9月30日現在では77社となっている。
WTO政府調達協定基準額の邦貨換算額
政府関係機関 都道府県・政令指定都市
建設工事 7億2000万円 (6億5000万円) 24億3000万円 (21億6000万円) 24億3000万円 (21億6000万円)
設計・コンサルティング 7200万円 (6500万円) 7200万円 (6500万円) 2億4000万円 (2億1000万円)
注:上段が平成10年度、11年度、下段の( )が平成8年度、9年度の邦貨換算額。
「MPA」から「WTO政府調達協定・行動計画」ヘ
このように、建設市場の国際化の流れを見てくると、「MPA」から「WTO政府調達協定・行動計画」へと移ってきたのが分かる。それは、外国企業が我が国建設市場に習熟することを目的とする時代から、本格的な内外無差別の競争の時代へ移り変わってきたことを意味する。
MPAの時代においては、外国企業は単体ではなく、日本企業と共同企業体(JV)を組んで参入してきた。しかし、WTO政府調達協定・行動計画の時代に入って、外国企業が単体で大規模工事の入札に参加する例も出てくるようになり、平成9年(1997)11月、ついに米国企業が単体で協定対象事業の落札に成功したのである。
平成7年度(l995)
年間総件数 年間総価格(百万円)
うち外国企業が受注者となったもの うち外国企業が受注者となったもの
457 1 798,485 882
政府関係機関 156 0 627,425 0
合討 613 1 1,425,910 882
平成8年度(1996)
年間総件数 年間総価格(百万円)
うち外国企業が受注者となったもの うち外国企業が受注者となったもの
539 1 858,517 2,279
政府関係機関 192 1 644,083 1,003
合計 731 2 1,502,600 3,282
外国企業の建設市場参入の実際
ここで、最近の外国企業の参入実績を見てみることにする。まず、平成7年度、8年度において、国及び政府関係機関の「行動計画」対象建設工事で一般競争入札に付されたもののうち、外国企業が落札したものは上表のとおりである。
また、平成9年度に外国企業が受注した主な公共工事には、地方公共団体などの工事も含めて次のようなものがある(平成10年3月6日現在)。
発注者 プロジェクト 受注企業
文部省東京外国語大学 東京外国語大学研究講義棟新営その他工事 シャール・ボヴィス・インク(米国)(JV)
建設省関東地方建設局 建設大学校研修棟建築工事 オーバーシーズ・ベクテル(米国)(単体)
新潟県 新潟県総合スタジアム(第三工区)建築工事 ロッテ建設(韓国)(JV)
名古屋空港ビルディング株式会社 名古屋空港新国際線旅客ターミナルビル建設工事 シャール・ボヴィス・インク(米国)(JV)
福岡空港ビルディング株式会社 福岡空港(西側)国際線旅客ターミナルビル新築工事 オーバーシーズ・ベクテル(米国)(JV)

建設大学校研修棟建築工事 福岡空港国際線旅客ターミナルビル新築工事 東京外国語大学研究講義棟新営その他工事 名古屋空港新国際線旅客ターミナルビル建設工事 新潟県総合スタジアム建築工事
この一般競争入札に外国企業が参加することも多くなっており、新潟県では前頁の下表にもあるように、日韓共催のサッカーワールドカップの会場を日韓のJVが施工することとなった。
都道府県及び政令指定都市にとっては、地元産業の振興や地元産品の販路拡大も重要な課題であるが、このような要請は、政府調達協定の大原則である内外無差別とこれに基づいた各条項と相いれないものがある。
例えば、地元に営業所を有することや地元において工事実績を有することを条件とする競争参加資格、地元産品を指定した技術仕様などは協定上問題が多い。
しかし、地元企業を優先させることを条件にできないが、内外無差別の競争の下に入札・契約がなされることにより、低コストで高い技術の建設サービスを調達できるメリットは最終的には住民全体の利益になることであり、各発注者は協定の趣旨を理解して適正な入札手続をとる必要がある。

建設市場の国際化の今後
大規模な公共工事を外国企業が単体でも落札する時代となった。また、地方公共団体の大規模工事をも外国企業が受注する時代でもある。そして、このような中、従前からのルールに加えて政府調達協定に照らして問題がないようにすることが、それぞれの発注者に課せられる課題である。
政府調達協定は、言うまでもなく内外無差別の原則をその大きな柱とするものであり、また、手続の透明性を求めているものである。
発注者においては、内外無差別の客観的な基準、手続を定め、公表するとともに、これらの基準や手続、これらに基づいてとった行為について合理的理由を説明することが求められる。
各発注者が、最も苦心されているのは、競争参加資格の設定についてであるように思う。協定は、参加の条件を「契約を履行する能力を有していることを確保する上で不可欠なものに限定されなければならない。」(第8条(B))としているが、この「不可欠なもの」は工事により変わるもので、一義的な回答が導けない。
しかし、この設定の仕方を誤ると、発注者にその意図がなくても事実上外国企業を入り口で排除しているとして、外国から問題にされることもあり得るし、その際は、合理的理由の説明を求められることにもなる。
これらの問題は、各発注者が協定の調達手続きについて経験を積み、一つ一つが解決されることで適切な方向へ向かうものとも思われるが、各発注者は内外無差別の原則、透明性・客観性及び競争性の確保の観点を見失わないようにしなければならない。
また、企業にとっても、コスト縮減という大きな流れもあり、内外無差別の国際競争の時代の流れは、もはや止まることはないと思われる。日本企業も外国企業も内外無差別という同じ土俵の上で、技術、コストによる競争を行い、これが公共事業の適正かつ円滑な執行と建設業界の健全な発展に資することを望むものである。

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