建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2006年10月号〉

INTERVIEW

合理化と同時に多角的な事業展開で財政健全化

PFI事業導入や東電とのタイアップなど進取の取り組みが奏功

東京都下水道局 局長 前田 正博氏

前田 正博 まえだ・まさひろ
昭和46年7月入都
昭和59年4月下水道局第5建設事務所設計課長
平成元年12月都市計画局副主幹
平成3年6月都市計画局総合計画部建設残土対策担当課長
平成5年12月下水道局計画部総合計画課長
平成8年7月下水道局参事
平成10年7月下水道局中部建設事務所
平成11年6月下水道局技術開発担当部長
平成12年8月下水道局流域下水道本部技術部長
平成13年7月下水道局施設管理部長
平成14年7月下水道局流域下水道本部長
平成16年7月知事本局次長
平成17年7月下水道局長
全国の自治体の下水道事業が財政難で苦戦しているが、企業会計で経営される首都・東京都の下水道は、水再生センターや管線ネットワークなどの整備にかかった初期投資は着実に償還が進んでおり、比較的堅実な経営状況にある。それは、過蜜集中都市である集積のメリットだけが原因ではない。都公営企業管理者である前田正博下水道局長に、事業経営の取り組みと、今後の施策的課題について伺った。

――下水道の普及率が100%となりましたが、今後の課題は
 前田
23区内の下水道は、普及率が100%で、処理人口は850万人を越えており、その施設の建設、管理、運営など総合的な下水サービスを行っております。多摩地域では380万人の受益者がいますが、普及率は96%ですから、この地域もかなり進んでいます。下水道局ではその基幹施設の設置、運営を担っており、23区とあわせて広域的に下水道事業に携わっています。
今後の最大の課題は、老朽化対策となります。実は、すでに施設が概成する以前から様々な問題が発生していましたが、それは近年、特に課題とされている合流式下水道の改善や、都市型水害への対応です。機械施設などのシステムは出来上がっていますが、これらをどう効率的に運営、維持していくかという従来の課題と同時に、老朽化、合流改善、浸水対策など古くて新しいテーマへの取り組みも着実に進めていかなければなりません。
それから、大都市も含めて地方もそうですが、これまでに整備した施設の投資額が莫大で、ほとんどは起債なので、その債務の償還が非常に大きな経営圧力となります。そのため、再投資をしていくにも経営状況を健全にし、バランスよく業務を進めていかなければ、新規の事業に投資をしていく余裕は生まれてこなくなります。
繰り返しになりますが、東京は区部で850万人以上、多摩で380万人が生活する大都市ですから、下水道などの都市基盤は活力の源でもあるので、そうしたインフラが着実に運営されなければ活性化されません。したがって、都市型水害対応や合流改善などの事後対応となる施策とは別に、時代を先取りして老朽化施設の計画的な更新を進めていくことが重要です。
――下水道は特別会計で運営されているのですか
 前田
公営企業会計なので、独自に収支の均衡を取りながら進めていく経営スタイルです。下水道局が発足した当初から公営企業会計で運営されてきたので、常に投資結果が日々の経営にどう繋がっていくかを点検しながら運営されてきたわけです。
その中で政策的には、普及率100%の達成を目標とし、急ピッチに設備投資をしてきました。
――地方都市に比べると、受益者の密集した過密都市では投資効率は非常に良いものと思われます
 前田
着実に債務残高は減っており、また減らしつつ再投資をしているところです。一時は3兆円ほど償還債務がありましたが、この5年間でおよそ4,000億円を償還しました。建設投資を抑制しつつ、事業の選択と集中により、重点化して進めてきた結果です。
ただ、財政が厳しい時期でも都政としての責任もあるので、再構築事業も計画的に取り組まなければ将来的に安定経営ができなくなります。そのため投資の効率化、コストダウン、運転管理などを同時に並行しながら今後とも業務を進めていきます。
▲官きょ内に敷設された光ファイバーケーブル
――トータルな管理を行う上では、職員の定数などもかなり削減されたのでしょうか
 前田
これも大幅に削減しました。一時は五千人を超えていた定数が、現在は三千数百人へと減っています。業務の効率化を図るため、有人施設の無人化も進めました。例えば、下水に独自の光ファイバー網を導入し、施設の遠隔制御を可能にしたり、通信網を確立するなどの工夫をしたわけです。
こうした合理化は今後も続けていきます。特に、民間企業との業務分担を見直しながら続けてきており、例えば職員のもっているノウハウを最大限に活用しながらアウトソーシングしてきたわけです。我々には第3セクターがあるので、直営で担う部分と、第3セクターを活用する部分と、さらには民間企業を活用する部分も含めて合理的に分担してきています。
――どんな業務が民活化できるでしょうか
 前田
完全な民活化などは不可能ですが、例えば簡単な補修などは、スタンダードな作業や手法が決まっているので、民間に委託する場合もあります。ただ、施設の運営管理のほか、様々な規制業務もあり、また浸水対策などの公共性の高い施策などは、やはり直営で責任を持たなければなりません。それ以外で第3セクターや民間に委託できるものはあるので、その範囲で委託します。
――最近はプール管理を民間委託した結果、痛ましい事故が発生した事例もありました
 前田
委託して任せきりになるのは、やはり心配される点で、私たちも第3セクターを活用しつつも、そこに職員を派遣しながらノウハウを継承し、技術力と行政力を維持していくことが肝心ですね。
――近年は様々な分野でPFIの手法が導入されていますが、下水道事業での可能性は
 前田
下水道事業では、わが国で初めてPFI事業を実施しました。森ヶ崎水再生センターという都内最大の水処理施設がありますが、ここから発生する汚泥の消化ガスを、民間企業によって有効利用する事業が展開されています。
▲炭化燃料(サンプル)
3〜10ミリの大きさ、無臭
――問題は下水道に伴う発生物のリサイクルコストが高いため、ビジネスラインに乗せるのが困難だとよく言われます
 前田
したがって、PFIという形態に必ずしもこだわらなくて良いと思います。例えば、現在は汚泥の炭化事業を、東京電力の関連会社と共同で進めています。下水汚泥から炭化燃料を製造し、石炭をエネルギーとする福島の火力発電所で、石炭の代替燃料として使っています。電力会社としても、関係法令によってバイオマスなどの新エネルギーを積極的に使わなければならないので、彼らにとっても必要性があります。このため、採算性と社会性がともに確保されることから、私たちとしても有効利用が安心してできる合理的なビジネスモデルになると考えています。一方が利益を得るだけでは継続しませんが、双方にメリットがあるのでウィンウィンのようなものです。
――理想的なモデルケースと思われますが、そうしたパターンが今後増えていく可能性は
 前田
▲下水による地域冷暖房事業が行われている
 文京区後楽1丁目地区
今後は増えていくと思います。特に、下水施設から発生する副産物を、いわば自区内でハンドリングしつつ施設を稼働することになりますが、社会的に考えて、ハンドル軸をどこに置けば合理的であるのかが課題です。汚泥の廃棄物などは、従来は単に廃棄処分してきましたが、別の捉え方をすれば環境バイオマスなどの活用を考えて効果が得られるので、その成果を見ながら社会的にも受け入れていくのが今後の方向性です。
このほかに実験的に着手しているのは、熱の宅配事業で、汚泥を燃やした際に発生する熱を蓄熱材に蓄熱し、それをトラックで輸送して宅配するというビジネスです。旧来の熱供給事業のように、パイプを敷設して熱を送るのではなく、蓄熱材を利用して病院や公共施設などで利用していただくというものです。その蓄熱材に溜めた熱に価格を設定しており、需要側に熱を供給する事業です。下水道事業で今後どこまでするべきか検討すべき課題ではありますが、これによって捨てていた熱を有効に活用できるわけです。
後楽園地域などは、下水道の熱で冷暖房が行われていますが、ここでは配管による熱供給となっています。東京ドーム以外は全てが下水道事業による熱供給です。
――日本はエネルギーと食料と国防を他国に依存していますが、今後は自給率を向上させていく上では、そうした下水道事業のサイドビジネスは貴重ですね
 前田
もともと下水道は膨大な電力を消費する事業で、区部の総消費電力の1%弱に相当するほどの電力を消費するわけです。そのため、経営効率を高める意味でも極力省エネに取り組まなければならず、また発生する廃棄物を有効利用することによって、さらに経営効率を高め、地域にも貢献する手法を常に模索しています。
そうした下水道の一面も、全国的に理解して欲しいところです。

HOME