建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2009年2月号〉

interview

「分かってもらえる航空行政」を実践

――日中戦争の貴重な記録小説「地平線に」を刊行

国土交通省航空局 局長 前田 隆平氏

前田 隆平 まえだ・りゅうへい
昭和52年4月 運輸省入省(航空局国際課)
平成 4年6月 在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官
平成 7年7月 関西国際空港(株) 業務部長
平成 9年7月 運輸政策局国際業務第二課長
平成10年7月 航空局監理部国際航空課長
平成13年1月 国土交通省鉄道局財務課長
平成15年4月 国土交通省総合政策局観光部企画課長
平成16年7月 国土交通省鉄道局総務課長
平成17年8月 国土交通省大臣官房審議官(国際・国土計画局)
平成18年7月 国土交通省大臣官房審議官(総合政策局・航空局)
平成20年7月 国土交通省航空局長
現在に至る

 かつて航空行政といえば、世界の航空情勢が絡むためにワールドワイドであると同時に技術的な専門性が高く、一般国民がこれを理解するのは容易ではなかった。だが、近年ではその壁を崩し、国民が理解できるよう行政サイドから歩み寄る努力が続けられており、前田隆平航空局長が掲げる「分かってもらえる航空行政」とは、それを象徴するスローガンだ。一方、戦争体験者である父の戦時記録を基に、日中戦争の実像を描いた小説「地平線に」を、分かってもらえる平明な表現力で著すなど、前田局長は行政官であると同時に著述家としての異才も併せ持つ。

──分かってもらえる航空行政の理念からお聞きしたい
前田 私の前任者は「分かりやすい航空行政」をモットーとしていました。航空行政には難解な技術用語が多く、施策内容も分かりにくいという難点があったため、平易な表現による分かりやすい行政を目指そうというものでした。私はそれを一歩踏み込んで、「分かってもらえる航空行政」をスローガンとしました。分かりやすい表現に止まらず、分かりやすく執行することで、実際に分かってもらおうという考えです。  例えば、安全対策は航空行政の基幹で、管制業務や検査業務などはそのために行われていますが、安全は空気や水と同様に平素の有り難みは感じられないため、あまり理解されていないのが実情です。それを分かってもらえれば、その重要性が広く認識され、施策のイメージアップに繋がり、職員達の士気も上がります。
──特にその思いを強くした原因は
前田 現職就任前の審議官だった頃にも、行政の施策に込められた真意が理解されない事例が非常に多く、残念な思いをしたことが何度もありました。例えば、成田空港会社の民営化に向けて、資本規制が議論になった時、当初の法案で外資を3分の1に抑制しようとしたところ、行政はまたも新たな規制を設けようとしていると誤認されたのです。  しかし、諸外国の例を見ても空港は公的主体が所有していることがほとんどで、それを民営化すること自体が開明的なことなのです。とはいえ、無軌道に開放するのは不安があるので、最低限の外資規制をしようというのが法案の趣旨でした。したがって、あくまで完全民営化を前提とした上での、必要最小限度の規制という大局眼で見てもらえれば良かったのですが、規制だけに着目されたために誤解を受けたのです。この点については、私たちも丁寧に根気よく説明したのですが、「分かってもらえなかった」事例です。  また、羽田空港には4本目のD滑走路を建設していますが、これで発着回数は40.7万回にまで増加できます。それに対して「さらに50万回、60万回に増やすべき」との主張もあります。しかし、従来の29.6万回から40.7万回に増えるのですから、それだけでもかなりの向上です。それをさらに増やせと要望する心情は分かりますが、問題は安全です。「安全と効率は両立するものだ」との反論も聞かれますが、それを聞くに付け、安全というものが「分かってもらえていない」ことを痛切に感じます。これらの事例からしても「分かってもらえる」ことは重要であり、また意思決定の過程を含めて明確に説明し、行政の政策的意図を正しく分かってもらえる努力が必要だと感じます。
──羽田空港は離陸を待つ航空機が滑走路上で待機し、出発時間が遅れる状況が頻繁に見られます。それだけに新滑走路の建設による機能強化が望まれますが、成田空港との機能分担が課題ですね
前田 成田空港と羽田空港は、ともに首都圏空港としての一体的活用が政策の基本で、成田空港は国際線の拠点空港であり、羽田空港は国内路線の拠点空港であるという原則は、堅持すべきです。羽田空港の国際化は、あくまでも成田空港を補完するためのものです。  成田空港は年間20万回の発着枠が限界で、2010年3月にB滑走路の北伸が完了すれば22万回に増えますが、それでも直ちに満杯になるでしょう。その一方で、仮に羽田空港に発着枠の余裕があり、しかも首都圏に対する国際線の需要があるならば、これを活用しない手はありません。しかし、成田空港に発着枠の余裕がありながら、羽田空港が地理的に便利だからということだけで、本格的に国際化を進めるというのは、航空局の取るべき選択ではありません。  かつて国内線と国際線を兼用していた羽田空港の発着枠が限界に達し、新たな国際線専用空港が必要となって建設されたのが成田空港です。事業実施には様々な苦労や犠牲を伴い、それを乗り越えて拡張もしてきたのですから、今後も我が国を代表する首都圏の国際空港は成田であるという原則は守りたいものです。  反面、成田空港を支持する人々の中には、羽田空港の国際化に不満を示す人がいますが、成田空港の容量が満杯で、羽田空港に余裕がある状況のもとでもそれを国際線に使うなという考えは間違っています。あくまで羽田は成田を補完しつつ、両空港が一体として有効活用されることによって、首都圏の国際線需要に応えていくことが基本です。
──現在は全ての空港が開港しましたが、国家的なグランドデザインにおいて、各空港がどう展開していくことを想定していますか
前田 首都圏の航空需要は膨大で、成田、羽田とも2010年に発着枠が増加しても、なお不十分と予測され、その需要に応えられなければ、我が国経済の足枷になりますから、容量拡大が最優先の課題です。国内輸送についてみても、各航空会社は羽田に機材を集約し、地方と地方も羽田を経由して結ぶことが効率的と考えているようであり、この観点からも羽田の発着回数の増加が望まれています。  第二の拠点空港である関西国際空港や中部国際空港は、各地域の国際線と国内線の需要に応え、西南の航空ネット機能を果たすことが使命です。最近は航空需要が低迷しているため、需要喚起や利用促進策などと合わせてその能力を発揮できるような諸施策を展開していくことが航空局の重要課題です。  地方空港は、空港法の精神である「整備から運営」の時代を迎え、ストックの有効活用の段階ですから、離島を除いて新規に空港を新設することはありません。空港自体を地域観光の核施設として活用し、一方で各地の特産品を発信・アピールするなど、地域産業への貢献も可能な活用法が検討されています。空港を地域活性化の核として活用していく展開が求められるでしょう。  航空ネットワークは完成していますから、今後はそれぞれの空港を各地域で有効活用する時代です。
――ところで、「地平線に」という著作がありますが、戦後生まれの人々が還暦を迎えて高齢者の域に達する一方、戦争体験者が減っていますから史料として貴重ですね
前田 これは日中戦争を描いた小説で、主人公は私の父です。徴兵されて出征してから復員するまでの詳細な記録を父が残していたので、それを小説の形に仕立て直したものです。6年前に私の長兄が他界し、父が深く落胆していたので、激励と親孝行の意味を込めて筆を執りました。記録だけでは不明の点もあったので、電話で問い合わせると喜んで説明してくれました。執筆は週末にしか時間が割けなかったため、3年半もかかって600ページに及ぶものとなりました。経験した者でなければ知り得ない事実が、記録には豊富に記されていたので、それらを忠実に再現してあります。

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