〈建設グラフ1997年6月号〉

書  評

『小が大を呑む』

土屋義彦埼玉知事が大胆な宣言

埼玉独立論

埼玉独立論
『小が大を呑む』
著者:土屋義彦
発行:株式会社講談社


全国知事会長である土屋義彦埼玉県知事が2月に発表した著書「小が大を呑む」-埼玉独立論(講談社)は、地方自治のあり方と地方分権を考える上で、非常に興味深い。タイトルからしてセンセーショナルだが、とかく中央依存体質の強い地方自治体は、いかにして自立が可能なのかを筆者自らの体験をもって検証したもので、全国自治体にとっても貴重な手引き書となりそうだ。

土屋 義彦 つちや・よしひこ

大正15年生まれ。中央大学卒。昭和34年から埼玉県会議員を2期、昭和40年から参議院議員を5期務める。この間、昭和54年に環境庁長官として入閣、昭和63年第17代参議院議長に就任。
平成3年に参議院議員を辞任、翌年の埼玉県知事選に出馬し、当選。現在2期目。平成8年全国知事会会長に就任。

埼玉県といえば、厚生省事務次官、厚生省から出向していた県課長、そして彩福祉グループらによる汚職事件の舞台となったことから、この4月から国からの出向人事を返上し、新体制を敷いて再スタートを切った。現在、「彩の国さいたま」とのキャッチフレーズで、従来の東京のベッドタウンから自立した業務都市への脱皮を目指している。
そうした中で、現職2期目を迎えた筆者が、様々な国の規制の中で自治体の可能性を最大限に模索し、自立していくため、試行錯誤を通じて得た経験則を説き明かしたのがこの書。
構成は「まえがき」と「あとがき」を除き全5章構成で、前半は回想録的色彩が強く、県政における様々な改革や新規政策の紹介が大部分を占める。

埼玉県を全国のモデルに
埼玉県は人口680万人で、多くは東京に通勤し、世界に通用する仕事をしている人も多い。GDPはスウェーデン、オーストリアなどヨーロッパの中規模国に匹敵し、予算規模もマレーシア、フィリピンに匹敵する。このことから、筆者は埼玉県を一つの国とみなし、県政は世界に通用するものでなければならないと力説する。そこで、「埼玉県を全国のモデル県にしよう」という方針を打ち出す。
前例主義の打破
世界に通用するためには職員の意識、業務の進め方、人事、予算の編成などあらゆる分野にわたって改革を進めることになる。その際前例主義という役所特有の体質が大きな障壁となる。だが、改善するにはかなり困難な課題でもある。
そのために、筆者は自らが範を示すべく「知事はコンビニ」と喝破し、「24時間営業の何んでも屋」と宣言。公館に一人で暮らし、スーパーで買い物をして自炊しながら庶民の生活感覚を持ち続ける一方、政務も現場主義に徹し、「さわやかふるさと訪問」と称して県内92市町村をくまなく巡回するなど、従来の一般像とはまったく違うタイプの知事として、そのユニークな生き様を述懐している。
しかし、役所の前例主義打破はやはり容易なものではなく、日中は勤めに出ている勤労者のために県立近代美術館や航空発祥記念館の閉館時間を午後8時まで延長しようとしたものの、職員の激しい抵抗にあう。それに対して、筆者は「行政とは、いわばサービス業である。利用者の便利を考えないサービス業などないということを、すべての県職員に徹底させたい」との思いで、断行したと述懐する。
また、財政難はどこの自治体にとっても共通の深刻な問題だが、筆者は「お金はなくても全国のモデルになれる」との堅い信念に基づき、徹底した財政再建を行う一方で、不況下にも関わらず93年度予算では5.9パーセント増という積極予算を組んだ。
筆者は「不況下であろうとなかろうと、無駄なところに予算をかけるのは許されないことだ」としつつも、「だが、効率は別問題、ケチとは違うのである」と主張。単純な10パーセントシーリングでなく、10パーセント枠で事業の組み替えを行うよう職員に指示し、柔軟な発想を身につけさせるという手法をとった。
人事異動についても、「猟官運動をする職員は絶対に昇進させない」と議会で答弁し、先制パンチを喰らわせる。そうして1年間ほど反応を見た上で大幅な広域交流人事を行い、同時に女性の副知事への登用という大胆な人事発令を行なった。
このように、筆者の強いリーダーシップによる思い切った政策実行の足跡が語られ、読者は会心の拍手を贈ることになる。だが、必ずしも最初から決断力に富む英雄としてではなく、時に頭を抱えて悩み、逡巡する人間・土屋義彦の素顔もところどころに見られることから、この書を通して人間的な共感を覚えるのである。
吉田松陰が思想的背景
中盤では、こうした筆者の生い立ちや、参院議長就任から現職に就任するまでの経緯が語られている。筆者の思想的バックボーンとなったのは、筆者が秘書として仕えた元参議で科技庁長官まで務めた叔父や、豊島町議(当時)を勤めた祖父らの影響もあったが、最も強いインパクトを受けたのが吉田松陰の思想だった。
筆者は「私が敬服してやまないのは、自ら行動して見聞を広め、情報を収集しようとする松陰の精神である」と書いている。かつて青年学校の代用教員として歴史を教えていたという筆者は、「下田港に停泊するペリー艦隊に小舟を漕ぎつけて日本脱出を図ろうとした松陰の行動に深い感銘を抱いた」という。これは青年期の筆者の心をかなり深く捉えたらしく、著書の中では全編にわたって、筆者が取った行動、政策、そして背景にある筆者の心の動きを説明するのに、随所に松陰の言葉が引用され、これと合わせて解説されている。
とりわけ、参院議長から知事選への出馬を決断するに及んで、出馬を求める市議、県議らの要望と、故福田赳夫、中曽根康弘元首相、故金丸信ら元老格の自民党古参議員との思惑の狭間に揺れ、苦渋の選択を強いられた当時の胸中を語る筆致は生々しい。議長でもなく知事でもない一人の政治家、一人の人間としての姿が浮き彫りになる。結局、「土屋おろし」に合いながらも初志貫徹した筆者の信念と行動は、まさに松陰の思想にオーバーラップしてくるのである。

彩の国はこうしてできた
後半は、彩の国の理念の成り立ちと、埼玉独立に向けてのいわば序曲が展開されることになる。
埼玉といえば、「ダサイタマ」と揶揄する言葉もあるが、この原因は埼玉がこれといった特徴もなく、何でも二番煎じでオリジナリティーに欠けることにあるとされる。そこで筆者は別の愛称を県民に公募し、21,275件の応募の中から「彩の国」を選択、決定した。彩は「国際化のサイをはじめ、幸いのサイ、多彩のサイ、才能のサイ、最良のサイのいずれにも通じる」という。
もちろん、これだけでイメージアップになるとは、筆者は考えない。全国のモデルとなるためには、新しい価値を創造していくためのデザインが必要で、これを県政のキーワードにしたいという。「デザインといっても美術のことではない…。前例にとらわれない創造的な視点から、工夫をこらして設計し、つくりあげること…」と書いており、「これが埼玉県のデザイン」と主張する。
そして、「市町村が豊かにならなければ、県も豊かにならない。県が豊かにならなければ、国の発展もありえない」として、国と地方との関係に鋭く切り込む。ここで92市町村の92とクニとをかけて「くにづくり」と語呂を合わせながら、くにづくり助成金、くにづくり貸付金といった支援策を充実していった。「彩の国」すなわち「彩の92」という理念はこうして構築されたわけである。以後、この彩の国というネーミングは様々な政策の冠に据えられることになる。

地方分権はいかにして進むか
この彩の国という理念と吉田松陰の思想とをもって、筆者は環境、農政、教育、福祉、防災、国際交流、世界平和と幅広い分野にわたって自治体の側に立った政策論を展開する。そして、終章となる第5章で埼玉独立に向けての政策課題が論じられることになる。
ここでは自治体の政策と国策とが真っ向からぶつかり合い、背反した状況を筆者がどう打開したかが語られる。埼玉県領事館、フランス製品不買、警察官増員、地方消費税創設、地方交付税増額などを通じて国と格闘した様々な事例が紹介される。筆者は「自治体の長として、国よりこちらに理がある場合は、国の意向はあまり気にしないのが私の流儀だ」として、国政圧力には安易に屈しない姿勢を明確にしている。これは「市町村が豊かにならなければ、県や国の繁栄はあり得ない」という筆者の政治の原点に基づくものだ。
常にこの原点に立ちながら、地方の独立と背中合わせにある地方分権のあり方と、それに歯止めをかける規制、財政難の諸問題に言及していく。筆者は「(国の)規制があるからできないと文句をいうのは、自治体の逃げであり甘えである」と、まず自治体側の及び腰に警鐘を鳴らし、「国の規制が立ちはだかっていても、現在の状態でできること、自助努力は最大限しなければ自治体の責任は果たせない」として、受け手である自治体の基本姿勢を提唱する。
そうした上で、「受け皿論」に踏み込んでいくのだが、ここに至って筆者は全国一律という没個性な政策に傾きやすいのは、国の官僚だけでなく自治体の職員にも共通する傾向であることを見いだす。
財政難でありながらも個性的な予算編成を行うには重点投資が必要となるが、その対象として何を選択するかは、職員のセンスにかかっている。そのため、職員は「プロデューサー」として、そのセンスを養うことの重要性を筆者は力説する。
そして地方分権の目的は「霞ヶ関の提供する行政サービスよりも良質のサービスを住民に提供すること」であり、埼玉独立論は「発想において国を越えるものがなければならない」、「地方と国とは対等であるし」、「独立するくらいの気概をもって行政にあたるべし」という結論に導かれていく。
「小が大を呑む」―埼玉独立論は、このように地方分権に向けての現実的な考察であると同時に、地方分権に向けて職員がどう気構えるかを説いた現代の自治体指南書である。反面、市民にとっては地方自治とはどういうものかを再認識させる啓蒙の書であるともいえよう。

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