地方選挙News

 

選挙結果

 

浦河町長選挙

現職谷川町長4選果たす

任期満了に伴う浦河町長選挙は平成13年12月2日投票、即日開票され、現職の谷川弘一郎(たにかわ・こういちろう、66歳)町長が、新人の吉田昌治(よしだ・まさはる、61歳)前同町議会副議長を破り4選を果たした。

谷川氏は、昭和10年1月10日生、浦河町出身、道立静内高校卒。谷川牧場社長、浦河町議会議員、日高軽種馬農協副組合長。平成元年12月町長就任。

有権者数                12,943人

投票者数                10,363人

投票率          80.07%

無効票             104票

当選    谷川弘一郎  5,635票

        吉田 昌治    4,624票

【浦河町長選挙経過】

□平成13年10月24日、吉田昌治同町議会副議長は11月27日告示の同町長選挙に出馬(共産党を含む超党派)する意向を明らかにした。

吉田氏は、昭和15年9月22日生、浦河町出身、浦河高卒。社会保険労務士、同町議(7期)、同副議長。

□平成13年9月12日、現職の谷川弘一郎(たにかわ・こういちろう、66歳)町長は11月27日告示の同町長選挙に4選を目指して出馬することを表明した。

谷川氏は、昭和10年1月10日生、浦河町出身、道立静内高校卒。谷川牧場社長、浦河町議会議員。平成元年12月町長就任、現在3期目。

□平成13年9月5日、浦河町選挙管理委員会は次期町長選挙(任期満了は平成13年12月23日)の日程を平成13年11月27日告示、12月2日投票と決めた。即日開票される。同町議補欠選挙(欠員1名)も同日程で行われる。

【過去の浦河町長選挙結果】

□平成9年11月30日投票

現職の谷川弘一郎氏3選を果す

 任期満了に伴う浦河町長選挙は平成9年11月30日投票、即日開票され、現職の谷川弘一郎(62歳)町長が、新人の鈴木実浦河民主商工会長を破り3選を果たした。

谷川氏は、昭和10年1月10日生、浦河町出身、道立静内高校卒。谷川氏はシンザン五冠馬を育てた谷川牧場の社長。浦河町議会議員を務め平成元年12月、田中同町前助役と町を2分する戦いの末町長に就任。鈴木氏は、大型工事着工による「借金体質」を訴えたが浸透しなかった。

        有権者数            12,878人

        投票者数            9,344人

        投票率              72.56%

        当選        谷川弘一郎  6,172票

                鈴木  実      2,941票

□平成5年11月28日投票

 任期満了に伴う浦河町長選挙は平成5年11月28日投票、即日開票され、現職の谷川町長(58歳)が、新人の山崎氏(前同町保健衛生課長・62歳)を大差で破り再選を果たす。

        有権者数            12,777人

        投票者数            9,382人

        投票率              73.43%

        当選        谷川弘一郎          6,318票

                山崎  斉              22,911票

□平成元年11月26日投票

 任期満了に伴う浦河町長選挙は平成元年11月26日投票、即日開票され、新人の谷川弘一郎氏が、同じく新人の田中肇同町前助役、桜井肇氏の両氏を破り初当選を果たす。

谷川氏は、社会党推薦、田中氏は、現職の濱口光輝町長の後継者。

        有権者数            13,038人

        投票者数            11,511人

        当票率              88.29%

        当選        谷川弘一郎  5,900票

                田中  肇      4,799票

                桜井 肇              703票

□昭和60年12月8日投票

 任期満了に伴う浦河町長選挙は昭和60年12月8日投票、即日開票され、現職の濱口光輝町長が、新人の鈴木寛氏を破り9選を果たす。

濱口氏は、大正4年9月9日生、浦河町出身、浦河青年学校卒。浦河町助役。昭和28年12月町長就任。

        有権者数            13,140人

        投票者数             9,736人

        当票率              74.09%

        当選        濱口 光輝    6,128票

                鈴木 寛              3,275票

□昭和56年11月29日告示

 任期満了に伴う浦河町長選挙は昭和56年11月29日告示され、現職の濱口光輝町長以外に立候補の届出がなく、同氏の無投票8選が決まった。

 

利尻富士町

37年ぶりの町長選挙は前教育長が当選

現職の安達町長(5期)病気辞職に伴う利尻富士町長選挙は平成13年11月25日投票、即日開票され、新人の吉田勤(よしだ・つとむ、58歳)同町前教育長が、同じく新人の国分守雄(こくぶん・もりお、57歳)同町前助役を破り初当選した。

昭和39年以来37年ぶりで、町名改名(平成2年9月30日、東利尻町から利尻富士町)後初めての町長選挙は、安田町長辞職直後に出馬を表明した吉田氏が一歩リードし僅差の45票で逃げ切った。

吉田氏は、昭和18年生、樺太出身、東利尻町鴛泊中卒。昭和33年同役場入り、振興計画課長、総務課長、教育長を歴任、平成13年10月25日同退職。

有権者数                            2,801人

投票者数                            2,666人

投票率                  95.18%

無効票                     17票

不受理                      2票

当選       吉田 勤                         1,346票

国分 守雄       1,301票

【利尻富士町長選挙経過】

平成13年10月31日、国分守雄(57歳)同町前助役は11月20日告示される同町長選挙に出馬する事を表明した。

国分氏は、利尻富士町出身、稚内商工卒。昭和42年同役場入り、教育委員会次長、福祉課長、助役を歴任、平成13年10月29日同退職。

平成13年10月31日、吉田勤(58歳)同町前教育長は11月20日告示される同町長選挙に出馬する事を表明した。

吉田氏は、昭和18年生、樺太出身、東利尻町鴛泊中卒。昭和33年同役場入り、振興計画課長、総務課長、教育長を歴任、平成13年10月25日同退職。

□平成13年10月18日、国分守雄(56歳)同町助役は11月20日告示される同町長選挙に出馬する意向を固め退職願を提出、10月29日退職予定。国分氏は、同町福祉課長、助役を歴に。

□平成13年10月18日、吉田勤(58歳)同町教育長は11月20日告示される同町長選挙に出馬する意向を固め退職願を提出、10月25日退職予定。吉田氏は、昭和18年生、中卒。同町教育長。

     平成13年10月15日、利尻富士町選挙管理委員会は安達町長病気辞職に伴う町長選挙の日程を平成13年11月20日告示、25日投票と決めた。即日開票される。

□平成13年10月10日、現職の安達敏夫(あだち・としお、71歳)町長(任期満了は平成14年8月23日)は病気治療のため京谷淳悦同町議会議長に退職願を提出した。

同町議会(11日に臨時会)が同意すれば、5日以内に町選挙管理委員会に通知、その後50日以内に町長選挙が実施される。

安達氏は、昭和5130日生、樺太出身、自治大学校卒。東利尻町(平成2930日利尻富士町に改名)厚生課長、総務課長、49年助役就任。57年8月年笠嶋前町長の勇退にともない無投票で信任された。現在5期目。今年の1月から胸部疾患のため入退院を繰り返していた。

【過去の利尻富士町長選挙結果】

□平成10811日告示 

任期満了に伴う利尻富士町超選挙は平成10811日告示され、現職の安達敏夫(あだち・としお)町長以外に届け出がなく、同氏の無投票5選が決まった。

安達氏は昭和5130日生、樺太出身、自治大学校卒。東利尻町(平成2930日利尻富士町に改名)厚生課長、総務課長、49年助役。57年笠嶋前町長の勇退にともない無投票で信任された。今まで、選挙の洗礼は受けていない。

□平成6年8月14日告示 

任期満了に伴う利尻富士町超選挙は、現職の安達敏夫町長以外に届け出がなく、同氏の無投票4選が決まった。

□平成2年8月12日告示 

任期満了に伴う利尻富士町超選挙は、現職の安達敏夫町長以外に届け出がなく、同氏の無投票3選が決まった。

□平成2年8月12日告示 

任期満了に伴う利尻富士町超選挙は、現職の安達敏夫町長以外に届け出がなく、同氏の無投票3選が決まった。

□61年8月5日告示 

任期満了に伴う東利尻町超選挙は、現職の安達敏夫町長以外に届け出がなく、同氏の無投票再選が決まった。

□57年8月8日告示 

任期満了(現職の笠嶋町長勇退)に伴う東利尻町超選挙は、新人の安達敏夫同町前助役以外に届け出がなく、同氏の無投票初当選が決まった。

□41年

昭和41年に道庁OBの牧野三広(礼文町出身)渡島支庁経済部長が東利尻町長に就任している。

 

剣淵町長選挙

現職の大澤町長無投票で道内最多の9選を果たす

任期満了に伴う剣淵町長選挙は平成13年11月27日告示され、現職の大澤秀了(おおさわ・しゅうりょう、76歳)町長以外に立候補の届出が無く、同氏の無投票で現職では道内最多の9選が決まった。

大澤氏は、大正14年5月17日生、剣淵町出身、京都大谷大学文学部卒、住職。剣淵町公民館長、同教育委員会委員を歴任、道町村会副会長。昭和44年12月町長就任。

【剣淵町長選挙経過】

□平成13年9月25日、現職の大澤秀了(おおさわ・しゅうりょう、76歳)町長は定例町議会で次期町長選挙(平成13年11月27日告示)に9選を目指して出馬することを表明した。

大澤氏は、大正14年5月17日生、剣淵町出身、京都大谷大学文学部卒、住職。剣淵町公民館長、同教育委員会委員を歴任。昭和44年12月町長就任、現在8期目。

現在最多の8期を務める道内首長は、大澤剣淵町長、笠井勝雄(かさい・かつお、78歳)猿払村長(任期満了は平成13年12月2日・勇退表明)昭和44年12月村長就任、湊美喜夫(みなと・みきお、72歳)森町長(任期満了は平成15年4月30日)昭和46年5月町長就任、佐々木隆人(ささき・たかと、74歳)えりも町長(任期満了は平成15年12月20日)昭和46年12月町長就任の4人。

過去に、濱口光輝浦河町長(大正4年9月9日生、昭和28年12月町長就任、平成元年12月勇退)が昭和60年12月8日に9選を果たしている。

□平成13年9月3日、剣淵町選挙管理委員会は次期町長選挙(任期満了は平成13年12月18日)の日程を平成13年11月27日告示、12月2日投票と決めた。即日開票される。同町議選(定数14人)も同日程で行われる。

【過去の剣淵町長選挙結果】

□平成9年11月30日投票

現職の大澤秀了氏8選を果す

 任期満了に伴う剣淵町長選挙は平成9年11月30日投票、即日開票され、現職の大澤秀了(おおさわ・しゅうりょう・72歳)町長が、新人の高橋毅前町公民館長(50歳)を破り8選を果たした(道内最多8期、笠井勝雄猿払村長と並ぶ)。大澤氏は大正14年5月17日生、剣淵町出身、京都大谷大学文学部卒、住職。剣淵町公民館長、同教育委員会委員を務め、昭和44年12月町長選に出馬し初当選。高橋氏は、多選の弊害と世代交代を訴えたが現職の壁は厚かった。

        有権者数            3,517人

        投票者数            3,272人

        投票率              93.03%

        当選        大澤 秀了            2,256票

                高橋  毅              957票

□平成5年11月21日告示

 任期満了に伴う剣淵町長選挙は平成5年11月21日告示され、現職の大澤町長以外に立候補の届出がなく、同氏の無競争7選が決まった。

□平成元年11月26日投票

 任期満了に伴う剣淵町長選挙は平成元年11月26日投票、即日開票され、現職の大澤町長が、新人の高井氏を大差で破り6選を果たした。

        有権者数            3,618人

        投票率              93.34%

        当選        大澤 秀了    2,307票

                高井 孝氏    1,035票

昭和60年12月1日告示

任期満了に伴う剣淵町長選挙は昭和60年12月1日告示され、現職の大澤秀了町長以外に立候補の届け出がなく同氏の無投票5選が決まった。

昭和56年11月29日告示

任期満了に伴う剣淵町長選挙は昭和56年11月29日告示され、現職の大澤秀了町長以外に立候補の届け出がなく同氏の無投票4選が決まった。

 

道議補選

 

稚内市北海道議会議員補欠選挙

30年ぶりの新道議は岡谷氏

吉田政一道議会元議長死去に伴う道議補選は平成13年12月2日投票、即日開票され、新人の岡谷繁勝(おかや・しげかつ、57歳)元稚内市議会副議長が、同じく新人の吉田正人(よしだ・まさと、41歳)会社役員を破り初当選した。

弔い選挙となった今回の道議補選は、自民党推薦の吉田氏(故・吉田政一道議の長男)と民主党推薦の岡谷氏の一騎打ちとなった。前回の同選挙で市議を辞して立候補した小川氏(落選)が告示前に出馬を辞退、岡谷氏と連動した選挙戦を展開。昭和34年以降自民党が議席を独占している同選挙区を民主党が奪還した。

岡谷氏は、昭和19年3月20日、稚内市出身、稚内商工高卒。市職員、昭和50年同市議(6期)、副議長(2回)、稚内日露親善協会会長、平成11年稚内市長選で落選(投票結果は下記)。同市内の福祉用品販売会社員。

有権者数                            35,259人

投票者数                            21,242人

投票率                  60.25%

無効票                     249票

当選       岡谷 繁勝       10,868票

              吉田 正人       10,125票

【平成13年稚内市道議補選経過】

□平成13年11月12日、小川文三(55歳)元稚内市議会副議長は「出馬表明後、自民党、民主党推薦の候補が相次いで出馬。自分の支持者に混乱が起き、また裂き状態になって迷惑をかける」と説明し、立候補を断念した。

□平成13年11月9日、岡谷繁勝(57歳)元稚内市議会副議長は平成13年11月23日告示される道議補選(稚内市)に出馬することを表明した。

岡谷氏は、昭和19年3月20日、稚内市出身、稚内商工高卒。市職員、昭和50年同市議(6期)、副議長(2回)、稚内日露親善協会会長、平成11年稚内市長選で落選(投票結果は下記)。同市内の福祉用品販売会社員。無所属で民主党の推薦を要請。

□平成13年11月8日、吉田正人(41歳)故・吉田政一道議の長男は平成13年11月23日告示される道議補選(稚内市)に出馬することを表明した。

吉田氏は、稚内出身、東海大海洋卒。稚内海洋魚労部長、稚内青年会議所副理事長。無所属で自民党の推薦。

□平成13年11月6日、小川文三(55歳)元稚内市議会副議長は平成13年11月23日告示される道議補選(稚内市)に出馬することを表明した。

小川氏は、昭和21年1月15日生、稚内市出身、北大卒。水産加工業。稚内市議会議員(4期)、同副議長(1期)、平成11年4月11日同道議会選挙で落選(投票結果は下記)。

□平成13年10月29日、北海道選挙監理委員会は故吉田政一氏死去に伴う道議補選の日程を平成13年11月23日告示、12月2日投票と決めた。

□平成13年10月20日、吉田政一(道議選稚内市・定数1人)元議長が急性心不全のため死去、72歳。吉田氏は、昭和3年12月8日生、利尻富士出身、函館水産専門学校卒(現北大水産学部)。道北水産・三輪水産・北辰製鋼・尾池商店・サンホテル各取締役、正憲丸漁業部・稚内海洋各取締役社長、稚内機船漁業協同組合長、道機船漁協連合会長、稚内市議会議員、46年道議初当選、60年から62年道議会議長、平成2年から3年自民党道連幹事長を務めた。道議8期連続当選、平成7年の選挙(無投票)以外は毎回挑戦者がいた。同氏の妹は岩本政光(参議院2期)氏に嫁いでいる

初当選以来数十年間「市政は浜森、道政は吉田」といわれ稚内を引っ張る両輪の関係だった浜森辰雄元稚内市長が葬儀委員長をつとめた。

吉田氏死去により、5日以内に道議会議長から道選挙管理委員会に通知され、50日以内に道議選稚内市の補欠選挙が実施される

【過去の道議選稚内市(定数1人)】

     平成11年4月11日投票

道議選稚内市(定数1人)は、現職の吉田政一氏が、新人の小川文三氏を破り連続8期目を果たした。

人口                     44,735人

当日有権者数              35,294人

投票者数                            25,708人

投票率                  72.84%

当選       吉田 政一       13,891票

              小川 文三       11,240票

     平成7年3月31日告示

道議選稚内市(定数1人)は、現職の吉田政一氏以外に立候補の届出がなく、同氏の無投票7期目が決まった。

     平成3年4月7日投票

道議選稚内市(定数1人)は、現職の吉田政一氏が、新人の佐藤克同市議会副議長を破り6期目を果たした。

人口                     47,802人

当日有権者数              35,047人

投票者数                            28.483人

投票率                  81.27%

当選       吉田 政一       15,574票

              佐藤 克                         12,626票

【平成11年の稚内市長選結果】

     平成11年4月25投票

稚内市長選挙は、新人の横田耕一氏が、同じく新人の岡谷繁勝氏を破り初当選を果たした。

当日有権者数              34,595人

投票者数                            27,974人

投票率                  80.86%

当選       横田 耕一       14,591票

              岡谷 繁勝       12,866票

 

選挙日程

 

帯広市

来年の4月7日告示

平成13年11月22日、帯広市選挙管理委員会は次期市長選挙(任期満了は平成14年4月20日)の日程を平成14年4月7日告示、同14日投票と決めた。即日開票される。

現職の砂川敏文市長はまだ出馬表明はしていない。

砂川氏は、昭和23年1月21日生、香川県出身、帯広畜産大畜産学部卒。北海道開発局会計課長、官房調整官、平成10年4月市長就任。現在1期目。

【帯広市長選挙経過】

□平成13年11月、大原洋一(おおはら・よういち、58歳)会社社長は次期市長選挙に出馬の意向を示している。

大原氏は、札幌市出身、帯広三条高卒、帯広畜産大卒。同大学助手、助教授、エー・ジー・イー研究所設立、「21世紀地域振興プロジェクト懇話会」呼びかけ人。父は元帯広畜産大学長。

□平成13年10月21日、大塚徹(おおつか・とおる、49歳)代議士秘書は次期市長選挙に出馬の意向を固めた。

大塚氏は、帯広市出身、帯広三条高卒、中央大学法学部卒。卒業後、故・荒井将敬代議士秘書を経て、現在荒井広幸代議士政務担当秘書、東京在住。父は元帯広地区労初代議長。水野正光帯広市議会議員(保守党・5期)は知人、年内に帯広に戻り出馬の準備を本格化する。

□平成13年10月16日、帯広市議会決算審査特別委員会で国保会計決算認定に関する採決が行われ、帯広市政では2回目(1回目は昭和49年・吉村市政)の決算不認定が決まった。平成12年3月議会の予算削減に続き、全会一致の決算不認定となった砂川市政は「根回しやブレーン政治を排除するのは官僚手法そのもの」と言われ、砂川市長と議会との溝は当分埋まりそうもない。

【平成10412日帯広市長選挙結果】

□平成10412日投票

保守奪還 砂川氏が当選を果たす

 任期満了に伴う帯広市長選挙は平成10412日投票、即日開票され、新人の砂川敏文(前開発局官房調整官・50歳)氏=自民推薦が、現職の高橋幹夫(たかはし・みきお、57歳)市長=民主、社会推薦と、新人の野坂勲(帯広民商事務局長・47歳)氏=共産推薦を破り初当選を果たした。

 今回の市長選挙で、自民党は、党道連会長の中川昭一衆院議員を砂川氏の選対本部長に据え、保守奪還を目指したが、鈴木宗男北海道開発庁長官が公然と現職の高橋氏を支援。中川・鈴木両氏の代理戦争になった。

 砂川氏は帯広畜産大学畜産学部卒、前職は開発局官房調整官。

当日有権者数              131,225

当日投票者数              90,403

投票率                   68.89

当選 砂川 敏文 無新 45,196

   高橋 幹夫 無前 39,318

   野坂 勲  無新 5,237

【過去の帯広市長選挙結果】

□平成6417日投票

 任期満了に伴う帯広市長選挙は平成6417日投票、即日開票の結果、現職の高橋幹夫市長(53歳)が、新人の古沢慎二氏(52歳)、同じく新人の跡辺裕行氏(28歳)を破り、再選を果たした。投票率は前回を下回り、同市長選では過去2番目の低さとなった。

 高橋氏は、「市政の継続」を訴えながら連合帯広の推薦も受け組織票を固め、告示直前に同市助役への恐喝事件が発覚し批判を受けたが、逆に運動が引き締まった。

 古沢氏は、中川昭一衆院議員の後援会幹事長を長く務め、中川昭一衆院議員、小野寺勇道議が支援し、中川後援会をバックに商工業、自営業者を中心に支持を広げたが、中川氏と鈴木宗男衆院議員の確執から、自民党内を一本化できず、事実上の分裂選挙で保守支持層が離反した。

当日有権者数              124,851

当日投票者数              82,613

投票率                  66.17

当選       高橋 幹夫 無前 43,607

古澤 慎二 無新 32,996

跡辺 裕行 無新 5,536

□平成2415日投票

 任期満了に伴う帯広市長選挙は平成2414日投票、即日開票の結果、新人の高橋幹夫氏(社会党推薦)が、現職の田本市長と、新人の加賀谷氏を破り、初当選した。

16年ぶりの革新市政となった今回の選挙戦は、革新票は3万5千票しかない中で高橋氏の得票は4万2千票。保守票(鈴木派の票)が大量に高橋氏に回った、とされる。

高橋氏は、昭和16年1月14日生、帯広市出身、早稲田大学文学部卒。同市職労委員長、生活環境部次長、昭和61年4月同市長選に出馬し落選、幕別自動車学校常務取締役。

当日有権者数              118,654

当日投票者数              80,721

投票率                  68.03

当選       高橋 幹夫 無新 41,750

田本 憲吾 無前 35,392

加賀谷敏男 無新 3,018

□昭和61413日投票

 任期満了に伴う帯広市長選挙は昭和61413日投票、即日開票の結果、現職の田本市長が、新人の高橋氏、加瀬谷氏、藤本氏を破り、4選を果たした。

当日有権者数              112,164

当日投票者数              91,313

投票率                  81.41

当選       田本 憲吾 無前 48,744

高橋 幹夫 無新 38,488

加賀谷敏男 共新 2,933

藤本 國夫 無新 766

□昭和57418日投票

 任期満了に伴う帯広市長選挙は昭和57418日投票、即日開票の結果、現職の田本市長が、新人の山本氏、同じく新人の丸山氏を破り、3選を果たした。

当日有権者数              105,102

当日投票者数              81,792

投票率                  77.81

当選 田本 憲吾 無前 48,759

山本 忠次 無新 27,831

丸山 敬三 無新 4,751

□昭和53416日投票

 任期満了に伴う帯広市長選挙は昭和53416日投票、即日開票の結果、現職の田本市長が、新人の近藤氏を破り、再選を果たした。

当日有権者数              97,911

当日投票者数              81,522

投票率                  83.26

当選       田本 憲吾 無前 49,844

近藤 守治 無新 31,370

     昭和49421日投票

自民推薦田本氏当選し吉村革新市政崩壊

 現職の吉村博革新市長突然辞任に伴う帯広市長選挙は昭和49421日投票、即日開票の結果、新人の田本憲吾氏(自民党)が、新人の熊谷克治前道議会議員(吉村市長後継者)、同じく新人の湊氏を破り初当選。約20年ぶりの保守奪還となった。

田本氏は、昭和4年6月8日生、帯広市出身、日大理工学部卒。田本食堂代表取締役。

敗れた熊谷氏は、昭和4年6月1日生、帯広市出身、帯広畜専修。帯広柏小・明星小各教諭、北教組帯広支部委員長、帯広地区労議長、46年道議初当選(社会党)、49年の同市長選挙落選後50年道議に返り咲く。

当日有権者数              91,425

当日投票者数              76,792

投票率                  83.99

当選       田本 憲吾 無新 35,975

熊谷 克治 無新 35,775

湊  昇 共新 4,777

       辞職した吉村氏は、明治44年4月1日生、池田町出身、帯広中、昭和7年国民高等学校(茨城県)、家業の木材会社専務、22年社会党入党、市公安委員、消防団副団長、30年3月帯広市長選落選、同6月現職の佐藤亀太郎市長(3期)病死、同8月再出馬で市長当選(44歳・左派社会党)。

市長は吉村博(社会党)、国会議員は中川一郎(自民党)とお互いの選挙を支援し“ねじれの構図”で“危険な関係”の政治バランスをとって5選を果たすが、49年2月市議会で47年度決算を不認定(市政初)され、幾度の不祥事(物品購入の不正事件)などで助役・総務部長が相次いで辞職、吉村市政が持たなくなり、49年3月3日本人不在で辞任(5期・18年)した。吉村氏は本道革新首長の草分けでリーダー的存在、全国革新市長会副会長、本道革新市長会長を務めた。