地方選挙News(平成17年6月28日〜7月16日)7月19日発行(市町村)
・選挙結果 北広島市 (7月10日投票)
・出馬表明 上湧別町長選挙 (9月6日告示)
・不出馬表明 新「士別市」 (9月1日・朝日町と合併)
◎ 選挙結果
北広島市長選挙
本禄市政継承の上野前助役大差で初当選果たす
ローカルマニフェスト型選挙実施で投票率低下?
任期満了に伴う北広島市長選挙は平成17年7月10日投票、即日開票され、新人の上野正三(いのうえ・まさみ、57歳)前助役が、同じく新人の木本由孝(こもと・よしたか、61歳)元道議、国枝秀信(くにえだ・ひでのぶ、51歳)前市議を破り初当選を果たした。
今回の首長選挙は、平成5年7月の旧広島町長選挙以来で、市制施行(平成8年9月)後初めての市長選挙となった。また、道内首長選挙では初めてのマニフェスト型選挙を全候補者が実践。自分の政権公約を作成し、政策を明確に有権者に訴えた。しかし、有権者の意識を高めるローカルマニフェスト型選挙戦は54.54%の得票率で終わり、12年前の旧広島町長選挙(投票率=79.41%)より24.87ポイントも下回った。
同市長選挙は、国政選挙の対決構図が反映され、町村信孝自民党衆院議員と小林千代美民主党衆院議員の衆院道5区(北広島市)の代理選挙になった。町村外相は多忙の中、保守系候補の上野氏の応援に駆けつけ(6月19日)総決起集会を盛り上げた。その結果、上野氏の得票数は14,066票で、町村氏の前回選挙(平成15年11月の衆院選の同市得票・12,380票)の得票を1,686票も上回った。町村氏は、今回、北広島市長選を押さえ、次回の国政選挙を優位に展開できる。
一方、民主党丸抱えの木本陣営は、組合組織などが全面的にバックアップ。しかし開票の結果、木本氏の得票数は8,765票で小林氏(平成15年11月の衆院選の同市得票・14,480票)より5,715票も下回った。民主党の敗因は、北広島市に関係のない札幌在住の落下傘候補者を擁立したためで、組合組織票と見られる8,765票しか集めることが出来なかった。小林氏は、北広島では固い支持地盤を持っていたが、今回の市長選挙を落としたことで、次回の国政選挙はいっそう厳しくなる。
敗れた木本由孝氏は、10日の深夜に記者会見し「今回の選挙結果を受け、自らの進退にけじめをつけたい」と延べ引退を明らかにした。同氏は、国政の各種選挙に所属政党を変えながら出馬し、連続落選を更新してきた。しかし、今回のような予想外の完敗選挙は、同氏の政治生命に大きな影響があり引退会見となった。
上野氏は、昭和23年3月21日生、北海学園大学経済学部卒。45年広島町役場入り、都市計画部参事、建設部長、総務部長、平成16年助役就任。北広島市軟式野球連盟理事長(広葉カープジュニア監督)、北広島歩くスキー協会理事、北海道尚志学園高校PTA会長。
有権者数 47,577人
投票者数 25,950人
投票率 54.54%
無効票 502票
当選 上野 正三 14,066票
木本 由孝 8,765票
国枝 秀信 2,617票
【北広島市長選挙経過】
□平成17年6月19日、町村信孝外務大臣は上野正三後援会総決起集会に出席。
※=町村信孝氏が前回(平成15年11月)の衆院選(北海道5区)で、同市内で獲得した票は12,380票で、小林千代美衆院議員より2,100票少なかった。
□平成17年5月21日、北広島市長選挙(平成17年7月3日告示)に出馬する保守革新系の同候補の後援会事務所開きがそれぞれ市内の中心部で行われた。
保守系の上野正三(57歳)前助役の後援会事務所開きでは、現職の北広島市長・本禄哲英氏が挨拶に立ち「私のもとで12年間一緒に仕事をしてきた、上野氏は35年間誠実に仕事をしてきた、彼の尊い意志を実現させたい」と延べ、本禄市政の継承と実直な行政経験を訴えた。続いて、町村信孝外務大臣の夫人(淳子)が「最後まで元気で頑張れるよう祈っています」とエールを送った。上野氏の決意表明の後、保守系市議らの激励を受けた。また、千歳市と恵庭市選出の自民党道議2人(米田忠彦氏・原田裕氏)も出席。
また、民主党丸抱えの木本由孝(61歳)元道議の式典では、小林千代美衆院議員など衆参国会議員が出席し「民主党は全力で応援する」と革新奪還の決意を述べた。
※=小林千代美衆院議員が前回(平成15年11月)の衆院選(北海道5区)で、同市内で獲得した票は14,480票だった。
□平成17年5月7日、上野正三(うえの・まさみ、57歳)同市助役は後援会組織の設立総会で平成17年7月3日告示される同市長選挙に出馬する意向を明らかにした。同会には約300人が参加し、上野まさみと歩む会の高根舜治会長が挨拶に立ち、現職の本禄哲英市長の支援者(保守系市議)から出馬を要請されていた経過を報告。同氏は35年間務めた北広島市役所を5月9日に辞職する。
上野氏は、昭和23年3月21日生、北海学園大学経済学部卒。45年広島町役場入り、都市計画部参事、建設部長、総務部長、平成16年助役就任。北広島市軟式野球連盟理事長(広葉カープジュニア監督)、北広島歩くスキー協会理事、北海道尚志学園高校PTA会長。
□平成17年4月29日、木本由孝(きもと・よしたか、61歳)元道議は北広島市内で記者会見し平成17年7月3日告示される同市長選挙に出馬する意向を明らかにした。前日の28日に民主党を離党している。
木本氏は、昭和18年9月10日生、札幌市出身、国士舘大学政治学科卒。地崎工業秘書課長、地崎宇三郎代議士秘書、54年道議会議員選挙札幌市北区(自民党・連続当選4期)、平成7年参院選(自民党・落選)、8年と12年衆院選(自民党・落選)、13年参院選(自由党・落選)、15年民主党北海道副代表就任(自由党と民主党の合併)、15年衆院選(民主党・落選)。平成7年から現在まで5回(参院選2回・衆院選3回)立候補し全敗を重ねている。社会福祉法人「札幌恵友会(16年11月に前理事長の船木良晴氏が贈収賄事件で逮捕されている)」理事長。
□平成17年4月19日、民主党の選考委員会(民主党北広島支部、連合石狩地域協議会、北広島地区連合)は平成17年7月3日告示される同市長選挙に木本由孝(きもと・よしたか、61歳)元道議を擁立することを明らかにした。正式な要請は4月22日に行われる予定。
□平成17年4月15日、現職の本禄哲英(もとろく・てつえい、74歳)市長は平成17年7月3日告示される同市長選挙に出馬しないことを明らかにした。同氏の後援会関係者らは本禄市政を継承してくれる後継者選びに移り、同市幹部や道庁幹部らの名前が浮上している。
本禄氏は昭和5年10月1日生、天塩町出身、中央大法学部卒。道総務部知事室長、道議会事務局長、北海道熱供給公社役員を歴任。平成5年7月市長就任。現在3期目。
□平成17年4月12日、国枝秀信(51歳)同市議会議員は新聞社の取材で平成17年7月3日告示される同市長選挙に出馬する意向を明らかにした。
国枝氏は、昭和29年4月13日生、常呂高卒。平成11年北広島市議会議員当選。現在2期目。15年の市議会議員(定数26人)選挙では27人中22位で724票を集めて当選した。会社社長。大曲輪厚商店街振興会副会長。
□平成17年3月16日、民主党北広島支部(代表・沢岡信広道議会議員)は平成17年7月3日告示される同市長選挙で、立候補予定者を公募したが応募者がいなく、今後は、選考委員会(民主党北広島支部、連合石狩地域協議会、北広島地区連合)で独自の立候補者を擁立する。
□平成17年2月18日、北広島市選挙管理委員会は次期市長選挙(任期満了は平成17年7月22日)の日程を、平成17年7月3日告示、同月10日投票と決めた。即日開票するかは未定。市議補選(欠員・2人)も同じ日程で行われる。
□平成17年2月25日、民主党北広島支部(代表・沢岡信広道議会議員)は平成17年7月3日告示される同市長選挙で、立候補予定者を公募することを明らかにした。
【平成13年北広島市長選挙結果】
平成13年7月1日告示
□任期満了に伴う北広島市長選挙は平成13年7月1日告示され、現職の本禄哲英(もとろく・てつえい、70歳)市長以外に立候補の届け出がなく同氏の無投票3選が決まった。
本禄氏は昭和5年10月1日生、天塩町出身、中央大法学部卒。道総務部知事室長、道議会事務局長、北海道熱供給公社役員を歴任。平成5年7月市長就任。
【平成13年北広島市長選挙経過】
□平成13年3月31日、北広島市選挙管理委員会は次期市長選(任期満了は平成13年7月22日)の日程を7月1日告示、8日投票と決めた、即日開票される。
□平成13年3月8日、現職の本禄哲英(もとろく・てつえい、70歳)市長は定例市議会で「8年の経験を生かし市民の審判を受けたい」と次期市長選挙(任期満了は平成13年7月22日)に出馬する意向を表明した。
本禄氏は昭和5年10月1日生、天塩町出身、中央大法学部卒。道総務部知事室長、議会事務局長、道熱供給公社役員を歴任。現在2期目。
【過去の北広島市長選挙経過(平成8年9月1日市制施行)】
□平成9年7月6日告示
現職市長、無競争で再選・14年目に行政の混乱収まる
任期満了に伴う北広島市長選挙は平成9年7月6日告示され、現職の本禄哲英(もとろく・てつえい)市長以外に立候補の届け出がなく、同氏の無投票再選が決まった。
本禄氏は昭和5年10月1日生、天塩町出身、中央大法学部卒。道総務部知事室長、議会事務局長、道熱供給公社役員を歴任。
□平成5年7月18日投票
保守奪還・初代市長に道OB
任期満了に伴う広島町長選挙は平成5年7月18日投票、即日開票され、新人の本禄哲英氏が、現職の久保武氏、新人の坂田義和氏の2人を大差で破り初当選した。
保守系の町議や一部革新系も取り組んだ本禄氏の強力な選挙戦術が票を伸ばした。現職の久保氏は推薦母体「社会党広島支部」の足並みが乱れ支持基盤が切り崩され大敗。
当日有権者数 36,191人
投票者数 28,741人
投票率 79.41%
当選 本禄 哲英 13,556票
久保 武 9,407票
坂田 義和 5,309票
□平成元年7月18日投票
5人が乱立、革新町長誕生
小野田徹雄町長の引責辞任に伴う広島町長選挙は平成元年7月18日投票、即日開票され、
新人の久保武氏が、同じく新人の坂田義和氏、土谷享氏、岡実氏、大井和憲氏を敗り初当選した。
混乱の中での町長選挙は、札幌地区労(議長・重野広志)の丸抱え戦術が久保氏を当選に導いた。その後、広島町民の町政に対する不信感は根強く、久保町政の混乱は続いた(役場庁舎増築工事請負契約が議会で否決)。
久保氏は、昭和16年6月22日生、士別市出身、士別市立北温中学校卒。札幌市交通局職員(札幌市労連)、広島町議会議員を2期務めている。
当日有権者数 29,916人
投票者数 23,783人
投票率 79.50%
当選 久保 武 8,766票
坂田 義和 7,055票
土谷 享 4,560票
岡 実 1,424票
大井 和憲 1,140票
※現職の町長、2代続けて「引責辞任」
広島町は58年、町職員の汚職事件で穴田輝行町長(木材店、ハイヤー会社経営、広島村議2期、昭和42年広島村長選に初当選・4期)が引責辞任。平成元年には同じく町職員の接待疑惑と、東部中学校工事請負契約が議会で否決され、小野田徹雄町長(広島町立東部中学校長、教育長、昭和58年4月広島町長選に初当選・2期)が辞任、2代続けて出直し町長選挙だった。
□昭和58年4月24日投票
出直し町長に小野田前教育長
町職員の汚職事件で穴田輝行町長が引責辞任、それに伴う広島町長選挙は昭和58年4月24日投票、即日開票され、新人の小野田徹雄が、同じく新人の坂田義和氏、宮北健一郎氏、湯本要氏を破り初当選した。
小野田氏は、大正13年9月19日生、苫小牧市出身、道第一師範卒。広島町立東部中学校長、広島町教育委員会教育長。任期満了は62年4月。
当日有権者数 24,083人
投票者数 20,620人
投票率 85.62%
当選 小野田徹雄 11,167票
坂田 義和 4,821票
宮北健一郎 3,115票
湯本 要 1,131票
※引責辞任した穴田氏は、広島村議2期務め、昭和42年に同村長選に出馬し当選。村長、町長を4期務めた。木材店、ハイヤー会社を経営。
◎ 出馬表明
上湧別町長選挙
現職の松田町長今期限りの勇退
平成17年7月8日、原田雅美(64歳)同町助役は平成17年9月6日告示される同町長選挙に出馬する意向を明らかにした。
原田氏は、昭和16年5月1日生、上湧別町出身、美幌高校卒。41年7月1日同役場入り、企画財政課長、平成10年同助役就任。17年7月8日、松田隆町長に辞表を提出。
【上湧別町長選挙経過】
□平成17年6月22日、現職の松田隆(まつだ・たかし、71歳)町長は定例町議会で次期町長選挙(任期満了は平成17年10月9日)に出馬しないことを明らかにした。
松田町長は、3町(佐呂間町・上湧別町・湧別町)の合併協議を進めてきたが、湧別町が協議会から離脱(住民投票の結果)する結果になり合併は破たんした。同町長は新年度に入った4月13日に「平成17年度の予算は議会で議決されたが、このまま施行されると大変なことになるので、全職員に予算の見直しを指示。1町での自立には限界があり、厳しい時代を乗り切るためには、新たな枠組みで合併(佐呂間町=飛び地)を考えたい」と述べていたが、今期限りの勇退となった。
松田氏は、昭和9年1月29日生、上湧別町出身、自治講習所卒。同町産業課長(47年)、総務課長(52年)、教育長(57年4月1日〜平成5年4月17日)を歴任。平成5年10月10日町長就任。現在3期目。
□平成17年6月24日、上湧別町選挙管理委員会は次期町長選挙(任期満了は平成17年10月9日)の日程を平成17年9月6日告示、同月11日投票と決めた。即日開票される。
□平成17年2月20日、佐呂間町・上湧別町・湧別町の3町合併の是非を問う住民投票が佐呂間町と湧別町で行われ、佐呂間町は56.29%の賛成。しかし湧別町は43.96%の賛成で過半数に達せず、3町合併協議会から離脱、3町合併は破たんした。
【平成16年11月7日・合併に伴う上湧別町住民投票結果】
遠軽町・丸瀬布町・白滝村・及び生田原町を合併対象市町村とする合併協議会設置協議について住民投票が行われた。反対が61%で住民請求による合併協議会の設置協議は手続き終了となった。
有権者数 4,888人
投票者数 3,876人
投票率 80.63%
棄権者数 931人
賛成 1,485票(38.47%)
反対 2,375票(61.53%)
※合併特例法に基づいて投票実施請求代表者から投票実施請求書が提出されたのを受け住民投票を実施。
□平成16年10月6日、遠軽町・丸瀬布町・白滝村・生田原町との合併協議会設置についての住民投票実施請求を受理。
□平成16年7月13日、上湧別町議会は住民発議による遠軽町・丸瀬布町・白滝村・生田原町との合併協議会設置の議案を否決した。
□平成15年11月28日、佐呂間町・上湧別町・湧別町の3町の議会臨時会で法定合併協議会の設置を可決。
【平成13年上湧別町長選挙結果】
□平成13年9月16日投票
任期満了に伴う上湧別町長選挙は平成13年9月16日投票、即日開票され、現職の松田隆(まつだ・たかし、67歳)町長が、新人の佐野宣雄(さの・ひろお、57歳)同町元税財課長を破り3選を果たした。
松田氏は、昭和9年1月29日生、上湧別町出身、自治講習所卒。同町産業課長(47年)、総務課長(52年)、教育長(57年4月1日〜平成5年4月17日)を歴任。5年町長就任。
有権者数 4,978人
投票者数 4,527人
投票率 90.94%
無効票 32票
当選 松田 隆 2,337票
佐野 宣雄 2,158票
【平成13年上湧別町長選挙経過】
□平成13年7月16日、佐野宣雄(57歳)同町元税財課長は9月11日告示される同町長選挙に出馬することを表明した。
佐野氏は、東京都出身、東京農大卒。高校教員、昭和43年同町役場入り、企画財政課長、農政課長、税財課長を歴任し、平成9年退職。同年8月7日、同町長選挙に出馬し1ヶ月の選挙活動で現職に607票差まで迫ったが落選。
□平成13年7月4日、上湧別町選挙管理委員会は次期町長選挙(任期満了は平成13年10月9日)の日程を平成13年9月11日告示、16日投票と決めた。即日開票される。
□平成13年3月6日、現職の松田隆(まつだ・たかし、67歳)町長は定例町議会で次期町長選挙(任期満了は平成13年10月9日)に3選出馬することを表明した。
松田氏は、昭和9年1月29日生、上湧別町出身、自治講習所卒。同町産業課長(47年)、総務課長(52年)、教育長(57年4月1日〜平成5年4月17日)を歴任。5年町長就任、現在2期目。
【過去の上湧別町長選挙結果】
□平成9年9月14日投票
任期満了に伴う上湧別町長選挙は平成9年9月14日投票、即日開票され、現職の松田隆(まつだ・たかし)町長が、新人の佐野宣雄前同町税財課長を破り再選した。
松田氏は、昭和9年1月29日生、上湧別町出身、自治講習所卒。同町総務課長、教育長を歴任。
敗れた佐野氏は53歳で、同町農政課長、税財課長を歴任し、同町長選挙の出馬表明は8月7日。1ヶ月の選挙活動で現職に607票差まで迫った。
当日有権者数 5,119人
投票者数 4,791人
投票率 93.59%
当選 松田 隆 2,684票
佐野 宣雄 2,077票
□平成5年9月19日
任期満了(現職の佐々木義照町長は勇退)に伴う上湧別町長選挙は平成5年9月19日投票、即日開票され、新人の松田隆氏前同町教育長が、同じく新人の松原祐治氏前同町建設課長を破り初当選を飾る。松原氏は佐々木町長の継承を訴えたが648票差で敗退した。
当日有権者数 5,183人
投票者数 4,985人
投票率 96.18%
当選 松田 隆 2,795票
松原 祐治 2,147票
□平成元年9月19日告示
任期満了に伴う上湧別町長選挙は平成元年9月19日告示され、 現職の佐々木義照町長以外に立候補の届出がなく、同氏の無投票3選が決まった。
□昭和60年9月15日告示
任期満了に伴う上湧別町長選挙は昭和60年9月15日告示され、 現職の佐々木義照町長以外に立候補の届出がなく、同氏の無投票再選が決まった。
□昭和56年9月13日投票
任期満了に伴う上湧別町長選挙は昭和56年9月13日投票、即日開票され、新人の佐々木義照氏前同町教育長が、同じく新人の出倉定夫氏を破り初当選を飾る。町を二分する激戦で、票差は231票だった。
佐々木氏は、昭和5年1月6日生、上湧別町出身、旭川第一工業卒。上湧別町総務課長、同教育長を歴任。
当日有権者数 5,724人
投票者数 5,586人
投票率 97.59%
当選 佐々木義照 2,899票
出倉 定夫 2,668票
◎ 不出馬表明
平成17年6月28日、朝日町の現職・武市昇(たけいち・のぼる、65歳)町長は定例町議会本会議後に発言を求め、平成17年9月1日に合併する新「士別市」市長選挙に出馬しないことを明らかにした。同氏の本来の任期満了は平成17年9月17日までだった。
武市氏は、昭和14年7月28日生、朝日町出身、朝日中卒。農業、同町監査委員、同町議会議員(6期)同議長。平成9年9月18日町長就任。現在2期目。
※ 新「士別市」市長選挙経過
□平成17年4月22日、現職の田苅子進(たかりこ・すすむ、67歳)市長は臨時市議会終了後に平成17年9月1日に合併する新「士別市」市長選挙に出馬する意向を明らかにした。同氏の任期満了は平成18年5月24日までだが、朝日町と対等合併するため同日から50日以内に新市長選挙が行われる。合併に伴う同市長選挙の出馬表明は同氏が初めてで、朝日町の現職・武市昇(たけいち・のぼる、65歳)町長はまだ進退を明らかにしていない。
田苅子氏は、昭和13年4月5日生、士別市出身、名寄農業高校卒、34道自治講習所修了。亡父・政太郎氏は元道議。34年同市役所入り、財政課長、市立総合病院事務局長、平成元年2月市教育長(3期)。平成10年5月市長就任。現在2期目。
※ 士別市の過去の市長選挙経過
□士別市と朝日町が平成17年9月1日に対等合併する予定で、それに伴う新「士別市」市長選挙は合併から50日以内に行われる。
* 士別市の沿革=明治30年天塩村戸長役場の管轄に属す、32年剣淵ほか3村戸長役場の管轄に属す、35年独立し士別村戸長役場設置、39年4月二級町村制施行、村名は士別村、大正2年4月上士別村を分村、4年4月一級町村制施行、同年11月町制施行15年4月上士別村と境界変更、昭和29年7月4町村合併(士別町・上士別村・多寄村・温根別村)で市制施行、31年10月朝日町と境界変更。
【平成14年士別市長選挙結果】
□任期満了に伴う士別市長選挙は平成14年5月12日告示され、現職の田苅子進(たかりこ・すすむ、64歳)市長以外に立候補の届出が無く同氏の無投票再選が決まった。
田苅子氏は、昭和13年4月5日生、士別市出身、名寄農業高校卒、34道自治講習所修了。亡父・政太郎氏は元道議。34年同市役所入り、財政課長、市立総合病院事務局長、平成元年2月市教育長(3期)。平成10年5月市長就任。
【平成14年士別市長選挙経過】
□平成14年3月4日、士別市選挙管理委員会は次期市長選挙(任期満了は平成14年5月24日)の日程を平成14年5月12日告示、19日投票と決めた。即日開票される。
同市議会議員の補欠選挙(欠員1名)も同じ日程で行われる。
□平成13年12月21日、現職の田苅子進(たかりこ・すすむ、63歳)市長は定例市議会で次期市長選挙(任期満了は平成14年5月24日)に再選を目指して出馬することを表明した。
田苅子氏は、昭和13年4月5日生、士別市出身、名寄農業高校卒、道自治講習所修了。同市立総合病院事務局長、市教育長3期(亡父・政太郎氏は元道議)。平成10年5月市長就任。現在1期目。
【平成10年5月17日士別市長選挙投票結果】
自民党推薦の田苅子前教育長初当選
任期満了に伴う士別市長選挙は平成10年5月17日投票、即日開票され、新人の田苅子進(60歳)前教育長が、同じく新人の牧野勇司(47歳)氏を破り初当選した。
田苅子氏は、昭和13年4月5日生、士別市出身、道自治講習所修了。同市教育長(亡父・政太郎氏は元道議)。自民党の強い支援を受けた田苅子氏は、町村信孝文部大臣、中川昭一道連会長、樫木実市長の応援などで広く有権者に浸透したが、最近の市長選では最低の得票数。
敗れた牧野氏は、8年前に続き再挑戦、609票差まで追い上げ、前回立候補の時よりも1,060票も上乗せした。
当日有権者数 19,032人
当日投票者数 16,682人
投票率 87.65%
当選 田苅子 進 無新(自民推薦) 8,583票
牧野 勇司 無新 7,974票
【平成10年市長選挙後の動き】
国井元市長死去
平成11年3月16日午前0時、国井英吉(81歳)元同市長は肺がんのため死去。
国井氏は、大正6年3月30日生、猿払村出身、自治大学校修。北海道根室支庁総務課長、北海道総務部地方課長補佐、昭和39年木村伊三郎同市長に請われて助役就任、昭和49年同市長初当選、4期16年務めた。
国井氏の後援会は故村上茂利代議士派(衆議院道2区自民党)が中心だった。同じ選挙区に自民党代議士3人(故村上茂利代議士後継者・金田英行、故川田正則代議士後継者・今津氏、元上草義輝代議士)が激戦を演じ、4年に一度の士別市長選挙にも大きな影響を受けた。
【過去の士別市長選挙経過】
□平成6年5月15日告示
任期満了に伴う士別市長選挙は平成5年5月15日告示され、現職の樫木市長以外に立候補の届け出がなく、同氏の再選が決まった。
□平成2年5月13日投票
任期満了に伴う士別市長選挙は平成2年5月13日投票、即日開票され、新人の樫木氏が、同じく新人の牧野勇司氏を大差で破り初当選を飾った。対立候補の牧野勇司(前市職労委員長)氏の後援会会長には、有野寿・金田英行(現自民党代議士)幹事長(地元)が務めていた。
自民党士別支部執行部は開発局幹部(士別市出身)の擁立に失敗している。
当日有権者数 19,609人
当日投票者数 17,090人
投票率 87.15%
当選 樫木 実 無新 10,073票
牧野 勇司 無新 6,914票
□昭和61年5月18日投票
任期満了に伴う士別市長選挙は昭和61年5月18日投票、即日開票され、現職の国井氏が、新人の森実氏を大差で破り、4選を果たした。
当日有権者数 20,002人
当日投票者数 16,674人
投票率 83.36%
当選 国井 英吉 無前 10,099票
森実 丘 無新 6,439票
□昭和57年5月16日投票
任期満了に伴う士別市長選挙は昭和57年5月16日投票、即日開票され、現職の国井氏が、新人の秋山氏、同じく新人の川口氏を破り、3選を果たした。
敗れた秋山陣営は自民党士別支部執行部(中心は上草義輝代議士派)。
当日有権者数 20,438人
当日投票者数 18,025人
投票率 88.19%
当選 国井 英吉 無前 9,110票
秋山 巌 自新 7,577 票
川口 康夫 共新 1,278 票
□昭和53年5月12日告示
任期満了に伴う士別市長選挙は昭和53年5月12日告示され、現職の国井氏以外に立候補の届け出がなく、同氏の無投票再選が決まった。
□昭和49年5月25日投票
現職の木村伊三郎市長(3期)辞任に伴う士別市長選挙は昭和49年5月25日投票、即日開票され、新人の国井氏が、同じく新人の沢田氏を破り、初当選した。
国井氏は、大正6年3月31日生、猿払村出身、自治大学校修。北海道根室支庁総務課長、道地方課長補佐、同市助役。
木村氏は、大正12年士別の役場に入り、15年道文書課、終戦後道秘書課長、釧路支庁長、開拓部・土木部各次長、昭和28年上川支庁長、議会事務局長、33年出納帳、道地労委委員、39年同市長就任。47年8月3期目果たす。
当日有権者数 20,802人
当日投票者数 14,970人
投票率 71.96%
当選 国井 英吉 無新 12,677 票
沢田耕七郎 共新 2,078 票
※ 朝日町の過去の町長選挙経過
□朝日町と士別市が平成17年9月1日に対等合併する予定で、それに伴う新「士別市」市長選挙は合併から50日以内に行われる。
* 朝日町の沿革=昭和24年8月上川郡上士別村から分村、同村の東側にあるので朝日町と名付けた。31年10月士別市との境界変更。37年1月1日町政施行。国有林に囲まれた農林業が基幹産業。
□平成17年4月22日現在、現職の武市昇(たけいち・のぼる、65歳)町長は進退を明らかにしていない。同氏の本来の任期満了は平成17年9月17日までだった。
武市氏は、昭和14年7月28日生、朝日町出身、朝日中卒。農業、同町監査委員、同町議会議員(6期)同議長。平成9年9月18日町長就任。現在2期目。
【平成13年朝日町長選挙結果】
□平成13年9月9日投票
任期満了に伴う朝日町長選挙は平成13年9月9日投票、即日開票され、現職の武市昇(たけいち・のぼる、62歳)町長が、新人の藤本義昭(ふじもと・よしあき、64歳)元北広島市議会事務局長を破り再選を果たした。
武市氏は、昭和14年7月28日生、朝日町出身、朝日中卒。農業、同町監査委員、同町議会議員(6期)同議長。
有権者数 1,760人
投票者数 1,709人
投票率 97.10%
無効票 7票
不受理 1票
当選 武市 昇 1,010票
藤本 義昭 691票
【平成13年朝日町長選挙経過】
□平成13年6月19日、現職の武市昇(たけいち・のぼる、61歳)町長は第2回定例町議会で、平成13年9月4日告示の同町長選挙に出馬する意向を表明した。
武市氏は、昭和14年7月28日生、朝日町出身、朝日中卒。同町議会議員を6期務めた。現在1期目。
□平成13年6月5日、藤本義昭(64歳)元北広島市議会事務局長は平成13年9月4日告示の同町長選挙に出馬することを表明した。
藤本氏は、朝日町出身、旭川工業高卒。同町職員(主任技師)、広島町職員、同建設部長、北広島市議会事務局長を歴任。平成10年同退職。ダイシン設計(社長は道庁BO・札幌市)常務取締役、13年5月同退社。
□平成13年6月2日、朝日町選挙管理委員会は次期(任期満了は平成13年9月17日)町長選挙の日程を平成13年9月4日告示、同9日投票と決めた。即日開票される。同町議選(定数12)も同日に行われる。
【過去の朝日町長選挙結果】
□平成9年9月7日投票
任期満了に伴う朝日町長選挙(現職の松葉昭参町長は勇退)は、平成9年9月7日投票、即日開票され、新人の武市昇(たけいち・のぼる)前同町議会議長が、同じく新人の川崎進会社社長を破り初当選した。同町長選挙は28年ぶり。
武市氏は昭和14年7月28日生、朝日町出身、朝日中卒。同町議会議員を6期務めた。
当日有権者数 1,834人
投票者数 1,776人
投票率 96.84%
当選 武市 昇 1,071票
川崎 進 689票
□平成5年9月12日告示
任期満了に伴う朝日町長選挙は平成5年9月12日告示され、現職の松葉昭参町長以外に立候補の届出がなく、同氏の無投票再選が決まった。
松葉氏は、昭和3年5月15日生、朝日町出身、高小卒。52年から朝日町助役を3期務めた。
□平成元年9月10日告示
任期満了に伴う朝日町長選挙は平成元年9月10日告示され、新人の松葉昭参氏以外に立候補の届出がなく、同氏の無投票初当選が決まった。
松葉氏は、現職の千葉達朗町長(6期)の後継者として町長選に出馬。
□昭和60年9月10日告示
任期満了に伴う朝日町長選挙は昭和60年9月10日告示され、現職の千葉達朗町長以外に立候補の届出がなく、同氏の無投票6選が決まった。
□昭和56年9月10日告示
任期満了に伴う朝日町長選挙は昭和60年9月10日告示され、現職の千葉達朗町長以外に立候補の届出がなく、同氏の無投票5選が決まった。
千葉氏は、大正2年5月3日生、宮城県出身、農林卒。旭川営林局職員課長、昭和33年朝日営林署長、37年同退官、木材会社専務。40年現職織戸三松町長勇退の町長選挙に立候補、新人候補者同士の町を二分する一騎打ちとなり、対抗馬の安藤大二前助役に競り勝って初当選を果たす。44年の同選挙でも同氏との選挙で再選を果たす。