食彩 Speciality Foods

〈食彩 2008.12.1 update〉

interview

水産加工業界にも支援策は必要

――安全はタダではない

北海道水産物加工協同組合連合会 理事長 田谷 克弘氏

田谷 克弘 たや・かつひろ
昭和40年3月 亜細亜大学経済学部 卒業
昭和40年4月 田谷克三商店 入社
昭和44年2月 北日本水産物株式会社 取締役就任(株式会社田谷克三商店と北日本水産物轄併)
昭和44年9月 同上 代表取締役社長就任
平成16年2月 同上 代表取締役会長就任(現在)
平成 2年7月 株式会社北都冷蔵 代表取締役(現在)
平成 4年7月 株式会社はまますマリンデリカ 代表取締役(現在)
平成14年2月 株式会社かこうれんフーズ 代表取締役社長(現在)
公職
昭和59年2月 増毛輸移入水産物加工協同組合 副理事長
平成 3年2月 同上 退任
平成 9年2月 同上 理事長
平成10年4月 (増毛水産加工協同組合に改称)
平成20年2月 増毛水産加工協同組合 理事長退任 同組合 理事就任(現在)
平成10年5月 北海道水産物加工協同組合連合会 理事
平成11年4月 同上 副理事長
北海道水産物加工協同組合連合会
札幌市中央区北4条西6丁目1 毎日札幌会館9F
TEL 011-241-0101

 水産物の加工製造を担う水産加工業は、漁家と同様に食の安全に責任を負っていながらも、第一次産業ではなく二次産業に分類されることから、業界育成のための公的な支援策はない。折りからの原油高騰による生産コストの上昇を価格に反映することができないジレンマに苦悩しながら、食の安全レベルと食味の品質を落とさないため、死に物狂いの努力を続けている。

──近年の食の信頼を損ねる事件が続発していますが、食品加工業界のトップとしてどう感じていますか
田谷 かつて乳業メーカーの製造ラインの衛生管理不備により、集団食中毒事故が発生したことから、安全な食品を提供することができない企業イメージができてしまい、その製品は消費者から敬遠され、企業そのものの存続ができなくなって解体した事例がありました。また、大手洋菓子メーカーが製品の賞味期限切れを隠ぺいして出荷したり、賞味期限の切れた牛乳を原料に使ったシュークリームを製造販売したことで、消費者から敬遠されて自主休業に追い込まれたことも記憶に新しいですね。  この他にも、食肉業者による食品偽装、札幌を代表する菓子メーカーによる消費期限の改ざんなどが立て続けに起こり、同じく食品を製造するメーカーとしては、他人事ではない事件と受け止めています。  水産加工の場合は、新鮮な原料の確保と製造工程での衛生管理を行い、安全な食品を作ることを心がけています。また、流通過程での事故も起きないよう温度管理や細菌・雑菌の汚染に十分に気を配りながら消費地に届けています。  古くから食品製造メーカーは、先人から伝えられた食品加工技術によって、保存性の優れた食品をつくり、国民の食糧供給を果たしてきましたが、食品に携わる者は改めて原点に立ち帰り、物作りの考え方を再確認する必要があると思います。私たちも例外ではなく、ミスを犯す可能性がないわけではないので、社内の危機管理を徹底する管理体制の構築は必要です。  一方、各種の機会を通じて会員にも衛生管理の取り組みにおける講習会やセミナーなどを実施しています。海外に水産加工品を輸出する加工業者については、政府の認定が必要なHACCPを取得をした工場から、安全な食品を海外に販売しています。  食品の衛生問題は、いまや国内だけでなく世界的に安全が求められる時代になっています。
──国外の有害食品も大量に流入していますが、北海道ひいては日本の食はどうあるべきと考えますか
田谷 日本の自給率は40%前後で、海外からの輸入によって補っていますが、それは水産物も同様で、海外から水産加工原料を輸入して生産されています。ただし、この数年は欧米や経済新興国での水産物需要が高まり、海外の水産物は以前のように日本国内の消費価格に合った買い付けができず、買い負けにより確保が困難になっています。今後も中国・ロシアなど、大国の経済発展がさらに加速する一方、欧米での需要の高まりが続くようであれば、海外水産物の確保は厳しい状況となるでしょう。  しかし、幸いにして北海道などが進めている増殖事業に成果がみられ、ニシンなどは日本海沿岸において、ある一定の水揚げが確保されるようになり、水産加工業者には明るい状況となっています。ニシンのほか、ホタテ、秋サケ、昆布などはすでに増殖事業も定着し、水産加工業者は安定的な加工生産が維持できています。したがって、国民の消費量を超えて漁獲される魚種で、サイズや品質が劣るために食用以外の飼料や餌、また海外に輸出されている道内水産物の見直しを考えなければならないでしょう。  また、日本人の食生活は、戦後の経済復興から高度成長期にかけて豊かになりました。バブル経済期には飽食となり、国民の食生活は過剰供給で無駄な消費が現れました。現在の世界の人口増加などによる今後の食糧危機を考えると、無駄のない食物利用が重要になるでしょう。
──北海道加工連の果たしてきた使命は
田谷 この連合会は、道内の水産加工業者で構成された20地域の水産加工組合の連合体ですが、20地域の水産加工業者の大半は中小企業者で、1社では原料手当てが困難な企業もあります。そのため連合会では、水産加工原料の確保及び加工組合を通じて企業へ供給することで、安定した企業経営を支えてきました。  原料確保以外にも、中小の加工業者では解決できない問題・課題があります。例えば、消費者のニーズは変化し、それに対応した新しい加工技術の導入や、衛生管理知識の集積も、水産加工の発展に必要となっているため、連合会としては各種のセミナーや説明会によって時代に合った加工技術と加工品の開発に寄与しています。  会員企業各社でも、伝統に培われた技術と柔軟な消費者志向に合わせた加工品作りを実施していますが、販売力が一様に弱いことから、連合会では水産加工製品の消費拡大に向けて、関係団体が行う物産展や展示会、シーフードショウなどに参加し、市場・流通・末端消費者に対して道産水産加工品を広く宣伝し、消費拡大を図っています。
──道加工連自体が直面している課題はありますか
田谷 各会員が直面している問題として、水産加工に要する燃油高騰にともなう原料の搬入運搬費の高騰、加工処理機械(ボイラー・乾燥機等)のランニングコストの上昇、包装・梱包資材の高騰、消費地までの製品運搬費の高騰など、製品コストが上昇していますが、それを価格に転嫁できないために経営が圧迫されています。  これらの製品価格の上昇は、販売先である市場や末端量販店への販売価格に反映されず、消費者に売れる価格を決定し、これが仕入価格となるために、加工業者との取り決め価格は消費者に売れる価格が基本となるのです。このため、適正な流通価格の正常化を希望する一方、水産加工業界としては道や国へ燃油高騰の対策として、燃油に係る税率の軽減措置を要望しています。  この他、企業後継者と労働力確保の問題もあります。地方都市への人口流出による過疎化にともない、労働力である若手が都市部に流出しています。現状の労働者・工員は高齢化が進み、生産性が低下しているため、外国人研修制度を利用して若手を確保している企業もあります。実はこれらもコストアップに繋がることになるのですが、現状を維持する上では致しかたないのです。  やはり後継者に将来のある仕事でなければ、後継ぎは育ちませんから、各地域で企業の後継者等を対象とした青年部組織で、若手の育成や地域振興に取り組み同業者の連携を図っています。
   ▲塩かずのこ               ▲かずのこ調味加工品
──今後の水産物加工業の将来展望をどう見ていますか
田谷 現状の水産加工業界は厳しい問題が山積していますが、それらを解決し世界的な水産物の需要に対応しつつ、日本国内への食糧供給を使命とすれば、水産加工業も食の重要な役割を担う業界となりえると考えています。  今後は、水産資源であっても未利用な開発・漁獲されない水産資源や餌肥料に向けられている水産物について、技術・製品開発を推進し、国民の食糧需要に応える一方、優れた水産加工技術を用いた安全で美味しい水産加工品の輸出販売を通じて消費の拡大を図る方針です。
──新規に取り組もうと検討している施策はありますか
田谷 この1〜2年で食の安全が強く求められるようになったので、その要望に応えるため、加工連としても指導監督機関に働きかけをしています。  特に加工連を経由して加工業者に供給される水産原料の魚卵カズノコ・スケコは、製造工程で洗浄殺菌を行った加工品に対し、最終製品が安全であるか検査を行い、それを確認した上で安全性を担保する検査合格の証紙貼附を実施しています。これは最終販売先である市場・量販店で、多くの信頼を得ています。今後も水産加工品の安全性を高めるため、検査体制の一層の改善を政府に申請し、消費者に安全な加工食品を提供するよう進めていきます。
――理事長の略歴を伺いたい
田谷 私は昭和18年に増毛町で生まれました。幼少の頃はニシン漁が最盛期で、好景気の最中でした。一ヶ月働けば一年間は安泰に暮らせる状況で、小さい町ながらも旧松前藩の治めた松前町から来たレベルの高い芸者もいて、賑わっていたものです。
――先代もやはり水産加工業に従事していたのでしょうか
田谷 そうです。加工だけでなくニシンの定置網漁にも従事していました。当時から増毛は商社的な地域性を持っており、留萌管内で獲れた身欠きニシンやカズノコを一手に集め、それを全国に販売する役割を担っていました。それによって当時から総売上げは12、13億円の規模となっていました。  一方、私が引き継いで経営してきた、「北日本水産物」も株式会社に変更して60年ですが、歴史の浅い北海道では老舗といえるでしょう。それ以前は集荷組合として運営されていたのが、戦後の改革によって法人化されたものです。  私が入社したのは昭和40年で、そのころにはニシンは消滅していました。そのため、漁船でロシア海域に乗り付け、ロシアで獲れたニシンの受け渡しに当たったりしましたが、時には流氷に阻まれ、別の場所へ救出されたこともあります。  現在は、会社は三代目に引き継いで任せる一方、私は全国加工連の副会長を兼務しています。
──今後、行政・政府に対する要望は
田谷 水産加工の製造コストアップ要因である燃油価格の引き下げのため、関連税率の引き下げを要望しています。一方、加工原料の安定確保と、沿岸水産資源の安定を推進するために、さらなる増殖事業の拡充を希望します。加えて輸入水産物の促進を図るためには、関税などの引き下げも必要です。  道内水産加工業者は、中小零細な企業が大半を占めることから、運転資金や設備投資のための低利資金の創設も必要で、法人税・固定資産税に対する優遇税制も希望します。
──最近は消費者の魚離れが問題となっていますが、道民、国民へのメッセージはありますか
田谷 水産食品に含まれる栄養価は、大変健康に良い物質が多く含まれています。青魚のニシン・サンマ・サバなどには不飽和脂肪酸(DHAドコサヘキサエンEPAエイコサペンタエン)が多く含まれ、血液をサラサラにするほか、脳細胞を活発にする効能も確認されています。魚卵のカズノコにも多くのDHA・EPAが含まれ、動脈硬化の抑制や血圧低下作用・コレステロールの低下作用などにより、生活習慣病予防に効果的とされます。  このように、魚には畜肉にはない健康に良い成分が多く含まれるので、これから日本を支える子供達には魚食の良さを教えるために食育活動を行い、水産加工業が発展し、国民生活に寄与できるよう努力したいと思っています。


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