食彩 Speciality Foods

〈食彩 2008.11.14 update〉

interview

生産拡大を志向する北海道酪農

――液状乳製品やナチュラルチーズの市場を積極的に拡大

ホクレン農業協同組合連合会 酪農畜産事業本部酪農部
生乳共販課 課長 近藤 好弘氏

近藤 好弘 こんどう・よしひろ
昭和35年12月 北海道枝幸郡歌登町(現 枝幸町) 生まれ
昭和58年 3月 弘前大学経済学科 卒業
昭和58年 4月 ホクレン 入会
平成13年 2月 稚内支庁 酪農課長/td>
平成16年 2月 中標津支所 酪農課長
平成19年 2月 酪農部 生乳共販課長

 中国産牛乳や乳製品のメラミン汚染問題は、際限のない広がりを見せており、国際的な需給バランスにまで影響している。我が国は、乳製品工場の処理機能の不足から大量廃棄を余儀なくされた苦い経験があるが、現在は厳正な安全管理と生産管理が行われると同時に需要の増加傾向で不足状況だ。酪農王国・北海道の役割はさらに大きくなる。

──中国の有毒乳製品が、国内だけでなく日本にも影響を及ぼしていますが、今後の市場にどのような影響が予想されますか
近藤 中国は酪農が急激に発達していますが、乳製品の需要はそれ以上に増えてきています。しかし、自国の乳製品の問題が発覚したため、今後は輸入が増えていくことが予測されます。そのため、国際的な乳製品需給が逼迫していく可能性も考えられます。  逆に、中国内での重要が低下した場合は、需給が緩和するでしょう。その動向は、現時点では見通せない状況です。  牛乳をはじめ乳製品の国際的な基準となる成分は、タンパク質と乳脂肪ですが、窒素化合物を混入することでタンパク質の数値が上昇するらしく、生乳に水を入れて増量し、薄くなった成分を補充するために窒素化合物を混入させたようです。  日本では、取り引きの基準が乳脂肪と無脂固形分の含有量で、生乳量は無関係ですから水増しは起こりません。そもそも食用できない異物を食品に混入させる発想自体が論外です。日本の食品は情報開示が進んでいますが、中国はそれが不十分なのかもしれず、このような事故が起こると消費者には、不安感が発生します。日本では全く考えられない事件です。
──かつて乳製品工場の処理能力の不足から生乳を廃棄したことで、生産調整のあり方に疑問の声が聞かれました
近藤 生乳の生産調整は需給に基づくもので、生産し続けて過剰な在庫による価格下落に甘んじるのか、減産によって価格を維持すべきかは、その時々の判断によります。17年度末に、緊急に1万トンの減産を進めるなかで、893トンを廃棄処理する事態となりました。  問題は、それだけの生乳を処理する能力が、北海道にはなかったことにあります。販売することは可能でしたが、加工処理能力の限界に到達していたのです。その反省から、処理力を増強するために農業系統乳業のよつ葉乳業の協力を得て、酪農家自らが大規模の乳製品工場を整備しております。この結果、19年度以降は増産が可能となりました。   現在では国際需要の不均衡により、かなり不足状況にあります。中国はじめBRICs諸国、中近東、北アフリカ、ロシアでの需要が増加しているためです。輸出国はEUとオセアニアが中心ですが、オセアニアでは2年連続の干ばつにより、生産量が著しく減少しました。そこにファンドなどの金融問題も絡んで、乳製品価格が異常に高騰しました。最近は沈静化しつつありますが、それでも需要が増加していますので、5年前の水準には戻らないでしょう。  この結果、内外価格差が圧縮され、それまで高値だった日本の乳製品価格にメリットが生じ、国内の乳製品ユーザーは輸入品から国産品へと流れ、国産需要が増えています。そのため国内での需給も逼迫しており、生乳不足の状態となっています。  その上に北海道では、中長期的な需要対策としてチーズ振興を図っており、雪印、明治、森永の大手乳業メーカーが国産チーズ工場を新増設し、チーズの国産化率向上に乗り出し、今年から本格的に稼働しています。そうしたチーズへの需要が高まっていることも背景にあります。
──そうした需要に対応した増産体制は
近藤 18年度は減量計画でしたが、19年度から増産体制となっています。ただし、増産するにも米国のバイオエタノールなどの影響で配合飼料の価格が上昇し、再生産が厳しい状況にあります。そのため、20年度は8%ほど生乳価格を上げることにより、上半期は3%の増産を維持しています。しかし、生産コストはなおも上がり続けているので、今後も生乳価格の値上げが必要な状況です。
──飼料作物の自給率が問題視されていますね
近藤 他府県に比べると、北海道は相対的に自給率は高いのですが、それでも配合飼料は輸入に頼らざるを得ません。配合飼料と粗飼料の比率はおよそ半分ずつで、現在自給飼料拡大の努力をしていますが、大幅にこの比率を変えることは困難です。
──他山の石ではありませんが、中国乳の問題から、道産生乳の品質などが再評価されるチャンスでもありますね
近藤 道産生乳の特色は、成分率がやや高く、今後も乳牛改良によって、さらに向上する方向にあります。さらに国際的にみても、道産生乳は衛生面でのレベルはトップクラスにあるといえます。品質管理においては、適切な洗剤を適切に用い、適切な温度で洗浄するなど、酪農は毎日、安全・安心を保つ努力を一生懸命行っています。何しろ牛乳は外見だけでは衛生的なのかどうかは判別できませんから。  そのため、酪農現場でもポジティブリスト制に基づき、異常がないかどうかのチェックを記録に残しています。また、北海道独自の取り組みとしては、バルクの乳温を常時監視できる体制となっており、それを記録にも残しています。そうした乳温記録計を、全ての酪農家が導入しており、生乳を冷蔵するバルクーラーで何らかの異常が発生した場合は、アラームが鳴って迅速に対処できる仕組みとなっています。  出荷までの48時間に適切に温度管理されているかどうかを確認し、出荷日時の記録も残るので、夜に出荷した後に事故があっても生産者側は安全性を提示することができます。  その他、生乳には抗生物質の混入が禁じられていますが、乳牛の病気治療には抗生物質が使用されます。治療中の乳牛の生乳はもちろん出荷しませんが、北海道独自の取り組みとして、誤って搾乳した事態に備え、各ローリーごとに抗生物質のスクリーニング検査を行い、反応が出た場合はさらに正式検査に回して工場のタンクには入れないという措置をとっています。わずかでも疑いがあれば、断じて工場に入れないという厳格な体制です。
──今後の需要の増加傾向を考慮すれば、成分率が高めでありながら、万全な検査体制で品質が保証されている道産生乳の展望は、かなり明るいのでは
近藤 とはいえ、世界的に見れば何が起こるか分からないのが現実で、100年に一度の頻度といわれていたオセアニアの干ばつが2年も続いたり、アメリカで熱波が発生したり、アルゼンチンで大洪水が起こるなど、そうした異常気象によって需給が左右されています。今までは、そうした国外事情は、国内にはあまり影響しなかったのですが、今日では国際的な価格差が小さくなってきたため、ダイレクトに影響するようになっています。  その意味では、世界の需給は不足が続くとは言われているものの、何らかの異変によって、再び過剰感が高まる可能性もあるので油断はできません。したがって、そうした国際情勢を常に見守りつつ、あらゆる事態に即応して生産体制を変えていくことが重要です。そうした基本認識を持った上で、北海道としては拡大路線を目指しています。
──国内価格を維持するために、余剰分を国外輸出することは可能ですか
近藤 今のところは、そうした輸出対策は考えていませんが、過剰な場合、国内で調整保管しておき、不足時に供給する手法と、むしろ減産してしまうという対策が考えられます。現在のところは、まず調整保管を最優先に考えていますが、そのコストが膨大となる場合は、減産という選択もないわけではありません。  LL牛乳をアジアに輸出している乳業メーカーもありますが、その販売価格は国内価格の倍にもなっています。それでもそれを求める消費者がいるので、ビジネスとして成り立っていますが、基本的にはやはりオセアニアなどは生産コストがはるかに低いため、日本は貿易で競争できるレベルには至っていないのです。  また、WTOにおける乳製品の市場開放の問題も絡んできます。関税を低め、輸入量を拡大しようという議論が、今は中断していますが、いずれ実現されればオセアニアなどの安価な乳製品が大量に流入することも考えられます。そうなると国内の乳製品市場は狭隘化します。  何しろ営農規模の違いと生産コストの差は大きく、オセアニアなどはほとんど放牧状態で、牛舎ももたずパーラーで乳牛を搾乳するだけという手間のかからない営農ですから、競争になりません。  今現時点で直面する大きな課題は、配合飼料の高騰などによる生産コストの大幅アップへの対応です。酪農家の皆さんが生乳を生産し、安全で安心な牛乳などをお届けするためには、価格転嫁は避けられないので、消費者の皆さんには是非ご理解いただきたいと思います。  一方、WTOへの対策については、輸入自由化のリスクをどれだけ軽減してソフトランディングを果たすかが問題です。そのために、一つは乳製品の輸入は賞味期限の長いバターや脱脂粉乳が多くなると思いますが、北海道ではそれらの乳製品の比率を低める一方、生クリームや脱脂濃縮乳など、バターや脱脂粉乳と用途がほぼ同じである液状化製品の比率を高めていく戦略を進めています。液状乳製品の特質は、フレッシュで風味が良く、また鮮度が高いために輸出には向かないことから、輸入自由化対策としては大変有効です。  もう一つは国産チーズ市場の拡大です。チーズは、乳製品の中で最も内外価格差が小さく、かつ国際的な市場では最も価格の高い乳製品です。現在は85%が輸入品なので、国内市場の拡大に努めているところです。国内メーカーと協力し、国産チーズの比率を数年後には倍に増やす方針です。
──政府にも国策として取り組んで欲しい政策が、様々にありますね
近藤 農業とは、人の生命を守り維持していく生命産業ですから、そのため世界の各国とも農業政策をしっかりと進め、自給率を高めています。日本においても、自給率を高める政策支援は是非必要です。
──今後、ホクレンとして考えている道産牛乳の市場戦略は
近藤 飲用牛乳の消費量は、少子高齢化や人口の減少と競合飲料の増加で、毎年2〜3%ずつ減少しています。しかも、北海道民は570万人で、道内の市場拡大には限界があります。そこで、消費圏である関東、近畿圏で、北海道ブランドの牛乳の市場を確保していきたいと考えています。道産チーズの地産地消も進めていかなければなりません。ナチュラルチーズの文化がようやく根付き、消費も伸びていますから。  一方、全国の生乳の50%を供給する酪農王国・北海道に住んでいながら、酪農が道民にあまり身近な存在ではないかもしれません。中には、分娩の経験が無い乳牛からでも年中、搾乳できると勘違いしている人もいます。2年後には、全国大会である乳牛コンテスト(全国乳牛共進会)が、初めて北海道安平町で行われますから、酪農家の協力も得ながら、様々なイベントを通じて道民に酪農をより身近に感じ、理解を深めてもらおうと考えています。

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