食彩 Speciality Foods

〈食彩 2008.11.14 update〉

interview

生産資材の高騰を経営体質強化の好機に

――市場のメカニズムを活かしつつ持続可能な経営環境を整備

北海道農政部 農業経営局 局長 森 重樹氏

森 重樹 もり・しげき
平成 2年4月 農林水産省 採用
平成11年5月 在ニューヨーク日本国総務領事館 領事
平成14年7月 農林水産省大臣官房文書課 企画官(設置法改正担当)
平成15年7月 農林水産省消費・安全局消費・安全政策課 課長補佐
平成17年7月 農林水産省大臣官房秘書課 監査官
平成20年4月 北海道農政部農業経営局 局長

 北海道農政部の森重樹農業経営局長は農水省からの出向で、アメリカ勤務の経験もある。かつてBSE問題が発生した頃には、農水省で食の安全対策のための本格的な体制づくりに取り組んだ。食管法の改正で農産物はかつての政府直轄管理を離れ、市場競争へと突入したが、国民の生命に関わる産業でもあり、行政府としてそれとどう関わり、守っていくのかが問われている。

──農水省、北海道だけでなく、アメリカ勤務も経ている視点から、北海道の農業をどう見ていますか
 日本は島国で、アメリカやオーストラリアのような新大陸に見られる大規模農業には及びませんが、北海道農業については規模拡大が進み、ヨーロッパ諸国と同等か、またはそれを凌ぐ経営規模に成長しています。積雪寒冷という厳しい条件はありますが、明治以降のわずか百数十年で、全国一の農業地帯が形成されたことは大きく評価されるべきです。  農業者も勤勉かつ器用で、仕事が丁寧で技術レベルも非情に高く、農産物の品質も優れています。アメリカに駐在した3年間を通じて、特に果物などにおいて国産農産物の味覚や外見のレベルの高さを痛感したものでした。
──日本とアメリカの食糧安保は、日本の工業品とアメリカの食品との貿易上の交換条件が軸になっていると言われ、これが今後とも自給率向上の足枷になるのでは
 基本的には農産物も市場で取り引きされますから、日本の農業が縮小し、外国への依存度が高まった原因は、農業の生産条件の相違によるものであって、日本政府がアメリカの言うなりに従った外圧の結果とみるのは妥当ではありません。  日本とヨーロッパは、自給のための農業を行ってきましたが、アメリカやオーストラリアは植民以来、輸出目的の農業を進めてきました。こうした新大陸の国が、広大な農地で安い穀物を大量生産してきたので、価格競争において日本が及ばなかったのが現実です。 そうした営農条件や地理的条件の違いを背景にしながらも、国民の食を確保するため自給率を向上させるべく、日本農業は、経営規模の拡大を通じたコストダウンや商品質生産による付加価値向上などに取り組んできました。また江別市の小麦のように農工商が連携することで、地域農産物の販路を確保していく試みも行われています。  そうした努力を生かしつつ、国としても食糧自給率の確保につながるような支援策を実施することで、究極的には市場で決定される貿易と国内生産の関係をより良い方向へ導きたいと考えています。
──アメリカ農業は輸出ビジネスとしての性格が強く、ヨーロッパ農業は重農主義という経済思想や、それに基づく地域文化を反映した色合いが感じられますが、我が国農業はどちらのタイプを目指すのが理想でしょうか
 長い歴史の中で培われてきた農業の背景を見ると、日本はヨーロッパ型に近く、新大陸の農業とは性格が違うでしょう。  とはいえ、アメリカ東部の農家と中西部の農家では、考え方が大きく異なります。東部の農業者は、営農規模が100haから150ha程度の酪農が中心で、農業が環境を守る役割や、地域経済を支える役割、景観に貢献する役割など、比較的にヨーロッパや日本の農業に近い発想を持ち、それを主張しています。メイフラワー号で上陸して以来の長い歴史を持ち、土地の制約を受けながら開墾してきた歴史を反映しているのでしょう。
──自給率を高めるにも、それまでは必然的に輸入に頼るしかありませんが、国外生産物の汚染や事故についてはどこまでの対策が可能でしょうか
 農水省の課長補佐時代に、BSEの反省から安全な食料生産のための規制や食品表示のルールを作り、管理運営する消費・安全局の課長として発足に関わりました。  輸入食料については、厚生労働省が検疫所を通じて検査しますが、全量検査は不可能でサンプル検査となります。水際チェックの限界は検査体制の問題で、日本全国の検疫所で検査に当たる人員は300人程度です。そこで毎日膨大な輸入品の検査に当たっており、有害成分の検査を行うにも、農薬だけでも多様な種類がある上に、メラミンの混入など想定外の事態も起こる状況ですから、限界があります。  また、輸入原料についても輸入後に外食産業に流れたり、加工されると消費者には分からなくなります。したがって、消費者の選択をサポートするため、トレーサビリティや表示などの仕組みを充実させることが課題です。
――食料生産に携わる者が、食の衛生や安全に細心の注意を払うのは当然ですが、国情によって意識レベルに格差がある場合、一国の基準を他国にも強要したり、あるいは国際標準規格で完全に統一するのは可能でしょうか
 国内で達成できていないことを、国外に求めたのではWTO違反となりますが、科学的な根拠があれば、輸入品にも自国内の安全レベルと同等のレベルを産出国に求めるのは可能です。ヨーロッパではHACCPが定着しており、輸出国はこれに準拠することが求められます。  ヨーロッパでは、GAPを実施したものに限定して調達している流通グループも見られます。まずは日本国内での安全レベルを高めていくことが重要だと思います。
――道内では、きらりっぷと道産原料使用食品の認定制度がありますね
 きらりっぷはHACCPを条件にするなど特に水準が高いものです。あまり高い水準を追求したのでは普及せず、かといってレベルが低すぎては信用が得られないので、兼ね合いが難しいですね。  食品の基準の考え方としては、まず人体に害を及ぼしてはなりませんから、最低限度の安全基準を定めておくことが必要ですが、それ以上については消費者によっても求める水準は異なるので、行政ベースで一定の基準を定めて強制することは困難です。このため、流通過程において消費者が望む水準を選択できるシステムが望ましいと思います。
――その一方で生産の現場では、一様に経営危機を訴えています
 北海道の農業は本州と異なり、それを本業とする専業者が中心なので、農産物価格が下降する中で、飼料や肥料などの生産資材が高騰すれば、経営への影響度が大きくなります。  飼料自給率は広大な北海道ですら5割という状況ですから、自給飼料の作付けを進めるなど、土地資源をさらに有効利用して向上させていくことが必要です。肥料についても、堆肥や食品加工の途上で発生する残渣など、十分に利用されていない有機資源があるので、それらが農地に還元されていく仕組みを構築することも必要です。  資材高騰は、国内資源を有効利用する好機として経営体質の強化を進める一方、専業経営者が経営を持続できる収益水準も確保しなければなりません。今後はさらに国際競争も厳しくなることが想定されますから、公的支援が必要になるでしょう。そのため、経営安定対策は今後とも充実させていかなければなりません。
――食管制度が廃止され、生産者側からは、日本は諸外国に比べて食に対する放任度が高いのではないかとの声も聞かれます
 市場システムの中で、経営が成り立たせていくことが大切です。市場のメカニズムを利用することで、効率的で時代に即した生産・流通の仕組みができていくのが基本だと思います。  米も全量管理が廃止され、生産者らが売れる米作りをしようと努力した結果、多少は高価でも優れた品種を提供できるようになり、実際にお米の道内食率も高まっています。そうした経済取引を通じて経営を工夫し、強い農業を実現していくのが基本で、市場を歪めずにそれが実現できる経営環境を、行政府として作っていきたいと考えます。  経営安定策も、生産量に比例するのでなく固定制にしてあるのは、政策支援を価格に反映させないことにより、生産者も高コスト生産に誘導しないためでもあります。
――正しい努力の結果が市場で正当に評価されれば、担い手対策としても有効となるでしょう
 北海道では毎年、新規就農が700人近くおります。これはいわば農業政策の通信簿のようなもので、人々が農業を職業として選択しようと考えるかどうか、政策の善し悪しを示す指標のようなものでしょう。農業を魅力的なものとし、希望者に道が開かれていることが担い手対策の基本と考えています。
――保護主義が許される時代ではない反面、市場主義に任せすぎると経営に不安も生じるので、そのバランスは容易ではないと思いますが、諸外国はどう対処しているのでしょうか
 家族経営が中心で、かつ天候に支配される不安定さは、どの国家の農業も共通しています。流通における力関係も、バイヤーに比して生産者数が多いので、農業者が個々に対応したのでは弱い立場に置かれます。そのため、各国とも農協のような生産者団体を持ち、団体交渉によってバイヤーと対等の立場を確保しています。  これは生産者の地位向上のために、欧米ともに時代を超えて共通したものと思います。例えば、アメリカには中西部の大規模農家が中心のファームビューローと、東部の中小規模農家が中心のファーマーズユニオンと、二つの生産者団体があり、ともに政府に対してロビー活動を行っています。ヨーロッパにはコーパという農協の連合体組織があり、欧州議会に対して政治活動をしています。このように生産者が団結することにより利益を守ろうという仕組みは共通ですね。
――最近は農業経営も法人化するケースが見られますが、可能性をどう見ていますか
 家族経営の良さももちろんありますが、法人経営は、資本力の強化や、機械などの設備投資も効率的で、経営管理の近代化も可能となり、そして新規就農者も従業員という立場で参画する機会が得られるなど、個別経営にはない利点があります。  特に担い手が確保しづらい地域では、将来にわたって耕地を耕作・管理していく事業主体として、大きな可能性があると思います。本州では、地域ぐるみで農業を支えるために、村で集落営農法人を設立する方向性にありますが、北海道は規模が大きいので、複数の農家が法人を構成する複数戸法人の取り組みが増えています。 一方、建設会社など異業種からの参入もあり、成功事例は着実に増えています。行政としては、法人も含めて将来の日本農業を担う方々を支援していきたいと思います。

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