路地裏問答【2021年3月】

路地裏問答【2021年3月】

新型コロナによる世界的な混乱は、ワクチン接種が各国で始まった一方で、新たな変異型がイギリスを中心に拡散するなど、一進一退で容易に収束を見せる気配がない。人間同士の接触を遠ざけ、経済活動の停止という社会生活の体系を根幹から覆す暮らしを、世界人類に強要する格好となっているが、これによってアフターコロナの世界、日本社会はどのように変わるのだろうか。

何よりも市民生活に大きな影響をもたらしたのは、経済的打撃である。空気感染、飛沫感染が懸念されるため、勤労者は無人化された職場以外は外出を控え、テレワークとテレビ会議を余儀なくされている。このため、首都圏の通勤ラッシュは緩和されるかに見えたが、昨年5月時点の発表で、JR、地下鉄各社が示した数字は、およそ60%程度の減少率で、元々200%に及んでいた乗車率から考えれば、大幅な緩和とも言い難い。そもそもホテル、飲食業、物販など、対面サービスが宿命的な業種は、五輪準備を進めてきた首都圏では分母そのものが大きくなっているので、やむを得ないことだろう。

このテレワークの拡大にともなって、オフィス需要の低下を招いているという。勤労者は、設備さえ整えば在宅勤務でも消化できることを経験した。とりわけデジタル業務のみで完結するIT業界関係者などは、これを機に地方移住が進んでいるという。超満員の通勤電車に、毎日1時間以上も耐える必要がない状態は歓迎され、世論調査では30%以上がコロナ収束後もテレワークの継続を希望する回答結果となった。

反面、決裁印の押印のためだけの用事で出勤する管理職らの姿が、テレビ報道でアイロニカルに取り上げられた。そのためか、不要不急の外出自粛とテレワークの実施を呼びかける政府は、自らも行政決裁のデジタル化を進めるべく、いち早くデジタル庁を発足した。

コロナ渦は、このように人々の勤労様式に大きな変貌をもたらしたが、それは私生活にも及んでいる。感染予防のためには、個人レベルで濃密接触の回避が求められるため、濃密接触を最も欲するであろう若い恋人カップルや新婚夫婦はもとより、家族といえども食事時間をずらして孤食が奨励されるなど、家庭生活の変貌ももたらしている。

とはいえ、社会的動物として群れたがる本能が失われるわけではなく、飲食店の営業時間が制限されようとも、夜間には公園や酒類自販機の元に人が集り、酒宴を催す情景が見られるが、「自粛警察」なるお節介な偽善行為も出現するなど、コロナ渦は経済・地域社会において、人々の生活習慣を劇変させた。

だが、それは同時に日々の暮らしに追われ続けてきた人々に、「自我」を見つめ直す自省の時間と機会を与えるきっかけともなった。「今までの自分の生き様は、これで良かったのか」「これまでの自分は、本来の自分らしくあったのか」と、来し方を自問する人々が増えているという。

これまでは何の疑問も抱かず盲目的に超満員電車に揺られて出勤し、サービス残業のほか、アフター5の宴席への付き合いなど、自分を顧みる時間もなく、人々は疲れ果てて眠りにつき、翌日にはまた同じ生活を繰り返す毎日であった。

家計においては「失われた30年」と呼ばれるように、利己主義企業による収益の独占と、それに巣くう外資による搾取で、先進国では唯一、勤労所得が低下。人々は教育、住宅その他生活関連ローンの返済に追われ続け、思考停止のまま自らのために投資する余裕もなかった。

また、欧米では企業・個人への給付救済が何度も行われているのに反し、日本政府の個人救済は一度きり。コロナ渦で勤労者が職を失い、所得が奪われようとも、課税・徴税だけは継続。これまで、年度予算における歳出額の対GDP比は10%で、欧米のわづか4分の1で来たことを見て、納税者らは何を思うだろうか。緊急事態で勤労者が窮しても、共助の意思がない利己主義企業社会はやむなしとして、所得再分配を使命とする政府までも、公助の意思が感じられなければ、納税者は納税の意義や価値に疑問を抱かないとも限るまい。平たく言えば、日本人勤労者は体の良い奴隷状態で搾取され続けてきたわけだが、コロナ渦で図らずも自分を見つめ直す時間を得たことで、強欲な権力者に悪用され続けてきた現実に気づいたならば、今後の人々の価値観や人生観とライフスタイルは、劇的な変化を遂げていくことも考えられるだろう。

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