寄稿/国土交通省 中国地方整備局 出雲河川事務所長 武内 慶了

寄稿/国土交通省  中国地方整備局 出雲河川事務所長 武内  慶了

いよいよ大橋川の本格整備に着手

―― 長きにわたる紆余曲折を経て

国土交通省 中国地方整備局
出雲河川事務所長 武内 慶了

宍道湖上空より松江市街地を望む

1.はじめに

私たち出雲河川事務所が管理、整備する斐伊川の本川下流部では、「鉄穴(かんな)流し」と呼ばれた山砂からの砂鉄採取に伴う廃砂により、多量に流入した土砂等の影響により天井川が形成されており、堤防より居住地側の地盤高に対して河床が3~4m程度高くなっています。

また、斐伊川本川下流部は出雲市街地等の低平地を抱えていることから災害ポテンシャルが非常に高く、一度堤防が決壊するとその影響は広範囲にわたり、甚大な被害をもたらすおそれがあります。

その一方で、斐伊川流域の下流部には宍道湖、中海という汽水湖が位置しており、それらを連結する大橋川周辺は、松江市街地等の低平地が広がっていることから洪水に対して非常に脆弱な地形となっており、一度はん濫すると長期間にわたり浸水被害が継続するおそれがあります。

大橋川の河川整備(斐伊川水系河川整備計画より抜粋)

2.大橋川改修の経緯

大橋川改修の工事進捗状況(令和4年1月現在)

 

大橋川改修は、昭和50年10月に島根県知事により公表された「斐伊川・神戸川の治水に関する基本計画」の斐伊川水系の治水計画の要の事業の一つとして計画され、昭和51年にこの基本計画をもとに、建設省(当時)により「斐伊川水系工事実施基本計画」が改定され、昭和54年11月に建設省と島根県により公表された「斐伊川・神戸川の治水に関する基本計画」の具体的内容をもとに始まりました。

建設省は、この計画をもとに昭和57年6月より大橋川の矢田地区から測量調査に着手しましたが、大橋川の改修による下流域への洪水量増大を懸念する米子市議会・境港市議会の反対決議を受け、鳥取県は建設省と島根県に対し、用地測量・買収の中止要請を行いました。

昭和59年に、鳥取県は人道的見地から矢田地区の用地買収を了承し、24戸の家屋移転と7,200㎡の用地買収が完了(平成6年度末)したものの、長い間事業が進捗しない状況が続いていました。

その後、環境問題への関心の高まりや食糧事情の変化により、国営中海土地改良事業の本庄工区干拓中止が平成12年9月に決定され、本庄工区沿岸の湖岸堤整備を農林水産省から引き継ぐ形で国土交通省が実施することが決定しました。

中海をはじめとする湖部を取り巻く社会情勢が大きく変化する中、平成13年3月には中国地方整備局長より鳥取県知事に対し「大橋川の調査」の同意要請がなされ、平成13年6月に島根・鳥取両県知事により「斐伊川水系大橋川の測量、調査及び設計の実施」について確認書が交わされ、中国地方整備局長に対し、3項目、具体には、①中海護岸の整備 ②環境アセスメントの実施 ③本庄工区の堤防開削を条件に、「斐伊川水系大橋川の測量、調査及び設計の実施」について同意がなされ、大橋川改修の再開に向け大きく前進することとなりました。

さらに、平成14年12月には宍道湖及び中海の淡水化中止が決定され、平成17年1月には、本庄工区の干拓中止や淡水化の中止に伴う中浦水門の撤去等を含む「国営中海土地改良事業」の事業計画の変更がなされました。
これらの変更要因を踏まえて、国土交通省・島根県・松江市の三者は、平成16年12月に「大橋川改修の具体的内容」を公表しました。
平成13年6月の同意条件となっていた3項目については、平成17年11月に本庄工区の堤防開削について、森山堤防の一部開削が農林水産省より公表されました。

平成21年2月には、事業主体である国土交通省が、大橋川改修事業に伴い、宍道湖・大橋川・中海・境水道の環境に与える影響について、汽水環境保全の重要性を踏まえ、環境調査を実施し「大橋川改修事業環境調査 最終とりまとめ」を公表しました。森山堤防については平成21年5月に一部開削が完了、さらに、中海の護岸整備については、中海の護岸を管理する関係機関から構成される「中海護岸等整備促進協議会」により、護岸整備の必要な箇所、概ねの整備時期、整備主体等の検討・調整がなされ、平成21年11月に関係機関が合意したことをもって、同意条件であった3項目が解決するに至りました。

このように長い年月の間に紆余曲折を経て、平成21年12月19日に鳥取・島根両県知事により、大橋川改修事業の着手同意がなされ、大橋川改修の大きな転機となり、事業着手に向けて再始動の準備が整うこととなりました。

地域社会への影響を考慮した護岸の施工例:向島地区(写真は令和元年開催のホーランエンヤ)

3.大橋川の整備状況

大橋川改修は、こうした経緯を経て、平成23年8月の追子地区堤防工事着手を皮切りに、各地区に工事着手し、平成27年1月に天神川水門の完成、令和3年9月に上追子排水機場の完成など、着実に松江市の治水安全度を高めています。また、既に追子地区、向島地区など、堤防が暫定完成している地区もあり、今後も堤防整備を進めてまいります。

現在は、東本町地区、朝酌矢田地区、福富地区などで堤防整備を行っており、その他の地区においても順次着手してまいります。

4.治水と環境とまちづくりが調和する改修

大橋川は、松江市街地の中心部を貫流していることから、国際文化観光都市である松江市にふさわしい景観となることにも配慮し、「治水と環境とまちづくりが調和する改修」を考えることとし、具体的には以下の3点を踏まえて事業を実施しています。

・大橋川は松江市街地の中心部を貫流しているため、改修に当たっては、地域社会への影響を小さくすることを考慮する。

・宍道湖と中海は、それぞれ塩分濃度が異なる汽水湖であるため、塩分濃度の変化は、そこに生息する貴重な生物の生息・生育に影響を与える可能性があることから、改修にあたっては宍道湖と中海の汽水環境の変化を小さくする河道とする。なお、改修による水環境や生物への影響について、科学的データと専門知識に基づいた客観的な評価を行うため、様々な分野の学識経験者からなる委員会において、調査・検討を行う。

・大橋川は、松江市街地の中心部を貫流しており、無堤部の築堤等が必要になるが、沿川のまちづくりと調和した計画となるよう、堤防・護岸・水門等の形状、について、地域の皆様方のご意見を踏まえたうえで、様々な分野の学識経験者からなる委員会において、検討を行う。

水環境や生物への影響について、調査・検討を行う学識者からなる委員会(写真は令和元年開催の「大橋川改修事業に係る環境モニタリング協議会」)

沿川のまちづくりと調和した景観の排水機場の施工例:上追子地区(写真は令和3年度完成の上追子排水機場及び上追子水門※背後の施設は、くにびきメッセ)

5.おわりに

近年、全国各地で毎年のように大雨による被害が頻発しており、大橋川も早急な整備が必要です。今後も引き続き治水と環境とまちづくりとの調和を考慮しながら、大橋川改修の進捗を図ってまいります。

完成した先には、安心安全で、水の都松江の美しさが永く続く社会基盤の上で、豊かな市民生活が待っていると考えております。

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